昔――まだ祖父母と暮らしていた小学校低学年のころ、祖母はよく日本を救ったあやかしの話をしてくれた。その話は彼女が生まれるよりもずっと昔の話。彼女は、ご先祖様が語り継いでいる大切な話なのだと、幼い私の頭を撫でてくれた。
 祖母が生まれるもっと前には、学校にも当たり前にあやかしがいたらしい。人間もあやかしも関係なく、友好的な関係を築けていたのだと。しかし、彼女が生まれたころにはすでにその存在がうやむやになっていた。

 人間離れした美しい容姿に超越的な能力を持つと語られるあやかし。今となっては存在が不確定になったものの、日本で素晴らしい功績を残し高い地位に就いている者は、実はあやかしなのではないかと噂されることもある。しかし、自らあやかしだと話す者はおらず、その真偽は分からないままだ。

 現在の人間からあやかしへ対する認識は、優れた容姿や能力を用いて人間を惑わす、人間に害をなすかもしれない恐ろしい者。そして、科学ではどうにも説明をつけられない現象は彼らによりものではないかと思う人間もいる程度だ。 

 祖母の話してくれた昔ばなしを他の人から聞いたことはない。本当か噓かも分からないその歴史を、現在を生きるほとんどの人間は知らないのだ。だから、あやかしはいるかもしれない、いるとすれば人間にとっては不利益を及ぼす負の存在でしかないのだ。
 

***


瑠莉(るり)。瑠莉っ!話聞いてる?」

 友人からの呼びかけに遠のいていた意識が戻ってくる。教室の窓際の席、昼ご飯を食べ終わったばかりの体に降り注ぐ暖かい日差しは眠気を催す。あくびを嚙み殺し向かい合わせに座っている友人に目を向けると、彼女は呆れた顔でこちらを見ている。

「また、あまり寝てないの?」
「うん。全然寝られなくて……」

 複雑そうな表情をする彼女との間に沈黙が流れる。私があまり眠れなくなったのはもう五年以上前である。私はもう、それを改善しようとは思えなくなっていた。

「それで、乙葉(おとは)は何の話してたっけ?」
「あぁそう、今日は大丈夫そう?」

 今日の学校終わり、乙葉は一日早めに私の誕生日を祝いたいと先週話してくれていた。当日が良かったけれど、土曜日である当日はどうしても外せない用事があるのだと悔しそうに教えてくれた。
 私の事情を知り、気を遣ってくれる彼女の気持ちが嬉しく感じると共に申し訳なさが募る。

「うん、今日大丈夫だよ。ありがとう」
「よかった!お母さんも張り切ってるから楽しみにしてて」

 去年の誕生日も乙葉は祝ってくれた。昼休みに二人、中庭でプチパーティをした話を聞いた乙葉のお母さんが羨ましがっていたらいい。
 私と乙葉は中学で知り合い、二人の付き合いは六年目に突入した。最近は行けていないが、中学生のころは乙葉の家へ遊びに行くことも多くあった。乙葉のお母さんはいつも私を笑顔で歓迎し、会うことの減った今でも私のことも娘のように可愛がってくれているらしい。乙葉のお父さんとは数回しか会ったことがないが、穏やかで優しく、素敵なご両親の子供である乙葉が素敵なのは当たり前のことなのだと感じる。

「それにしても珍しいね。今日はまっすぐ帰らなくて大丈夫だったんだ」
「うん。今日、美桜(みお)たちはどこかに泊まるみたい」
「そっか。じゃあたくさん一緒に過ごせるね」
「うんっ!」

 私が笑うと乙葉も安心したように笑顔を見せてくれる。それからとりとめのない会話をしていると昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。