パチンと乾いた音がして、頬が熱くなったかと思うと、気づけば体勢を崩して廊下に倒れ込んでいた。
次第にじんじんと痛みが襲ってきて、凛は思わず頬に手をやった。
そして自分が叩かれたのだと一拍置いて気付いた。
見上げると従妹の華絵が美しい顔に嫌悪感を浮かべて凛を見ていた。
「私の物に触らないでって言ったでしょ! あぁ、本当に気味が悪いわ!」
そして凛の手から乱暴にリボンを奪い取ると、足音を立てて去って行った。
(毎回”視える”わけではないのに……)
たまたま落ちていたリボンを拾っただけなのだが、それすらも華絵には不快だったのだろう。
じんじんと痛む頬に手を当てながら凛は華絵の去った方向を見ながら思った。
こんなことは日常茶飯事だ。冴咲家の人間は凛の能力が忌まわしく、忌避しているからだ。
凛には物に触れると、その物の記憶が視えるという能力があった。
両親はそのことを「あなたが冴咲家の人間である証よ」と言って笑っていたので、それが普通の事だと思っていた。ただ、両親からはその力の事は秘密にしておくようにと言われたので、幼い凛はその言いつけを守っていた。
だが、7歳の時に両親が事故で亡くなり、凛は冴咲家を継いだ叔父――丹造に引き取られた時に、それは異常であることを知った。
叔父に引き取られたある日、家にあった高価なガラス製の花瓶が割れて見つかり、華絵は凛が割ったと主張した。
そこで凛は割れたガラスの破片を触り、いつものように花瓶の記憶を視ると、華絵が誤って落として割っている映像が視えた。
だから凛はその状況を事細かに説明し、華絵が割ったと告げてこう弁明してしまったのだ。
『この花瓶は叔父さんが綺麗な女の人への贈り物だったのね。でも割ったのは私じゃないわ。華絵よ』と。
丹造は青くなり、叔母は怒りだした。その後、丹造は凛を嘘つきと呼んで叱責すると、蔵に閉じ込めた。
数日経って蔵から出された凛は、叔父から屋敷を出て行くように言われてしまった。
7歳の少女に行く当てなどなく、なんとか許してもらって下女として働くことで、凜は冴咲家に留まることができた。
だから、凛はそれ以降、たとえ何を見たとしても黙った。この能力は異端であり、忌避すべきものだと理解したからだ。
部屋に戻って鏡を見ると、案の定、頬は腫れあがってしまっており、凛は水で浸した手ぬぐいを当てて冷やした。部屋に差し込む月明かりがいつもより眩しくて、凛は吸い寄せられるように窓辺に立って夜空を見上げた。
(そう言えばお父様とお母様が亡くなった日も満月だったわ)
煌々と光る満月を見てそう思い出した凛は、小物入れから簪を取り出した。
桜の花びらの銀細工に真珠が添えられた意匠の美しい簪だ。
これは両親が事故で亡くなる1週間前。凛の誕生日の贈り物として母から譲り受けたものだった。
母が結婚する際に身に着けていたものだと言う。
まだ子供の凛には大人物の髪飾りを付けることはできなかったが
「お嫁さんになる時につけてくれたら嬉しいわ。凛はどんな方と結婚するのかしら」
微笑みながらそう言った笑顔を覚えている。
(結婚どころか、こんな素敵な髪飾りを身に着けることなんてもうないわ)
今の凛は裾が綻んだ臙脂の縞木綿の着物に身を包み、綺麗な花嫁衣裳どころか、華絵の着るような華やかな着物さえ身に着けることは叶わない。
二度と身につけることは叶わない髪飾りを仕舞うと、凛は冷たい布団へ潜り込んで疲れた体を横たえた。
次第にじんじんと痛みが襲ってきて、凛は思わず頬に手をやった。
そして自分が叩かれたのだと一拍置いて気付いた。
見上げると従妹の華絵が美しい顔に嫌悪感を浮かべて凛を見ていた。
「私の物に触らないでって言ったでしょ! あぁ、本当に気味が悪いわ!」
そして凛の手から乱暴にリボンを奪い取ると、足音を立てて去って行った。
(毎回”視える”わけではないのに……)
たまたま落ちていたリボンを拾っただけなのだが、それすらも華絵には不快だったのだろう。
じんじんと痛む頬に手を当てながら凛は華絵の去った方向を見ながら思った。
こんなことは日常茶飯事だ。冴咲家の人間は凛の能力が忌まわしく、忌避しているからだ。
凛には物に触れると、その物の記憶が視えるという能力があった。
両親はそのことを「あなたが冴咲家の人間である証よ」と言って笑っていたので、それが普通の事だと思っていた。ただ、両親からはその力の事は秘密にしておくようにと言われたので、幼い凛はその言いつけを守っていた。
だが、7歳の時に両親が事故で亡くなり、凛は冴咲家を継いだ叔父――丹造に引き取られた時に、それは異常であることを知った。
叔父に引き取られたある日、家にあった高価なガラス製の花瓶が割れて見つかり、華絵は凛が割ったと主張した。
そこで凛は割れたガラスの破片を触り、いつものように花瓶の記憶を視ると、華絵が誤って落として割っている映像が視えた。
だから凛はその状況を事細かに説明し、華絵が割ったと告げてこう弁明してしまったのだ。
『この花瓶は叔父さんが綺麗な女の人への贈り物だったのね。でも割ったのは私じゃないわ。華絵よ』と。
丹造は青くなり、叔母は怒りだした。その後、丹造は凛を嘘つきと呼んで叱責すると、蔵に閉じ込めた。
数日経って蔵から出された凛は、叔父から屋敷を出て行くように言われてしまった。
7歳の少女に行く当てなどなく、なんとか許してもらって下女として働くことで、凜は冴咲家に留まることができた。
だから、凛はそれ以降、たとえ何を見たとしても黙った。この能力は異端であり、忌避すべきものだと理解したからだ。
部屋に戻って鏡を見ると、案の定、頬は腫れあがってしまっており、凛は水で浸した手ぬぐいを当てて冷やした。部屋に差し込む月明かりがいつもより眩しくて、凛は吸い寄せられるように窓辺に立って夜空を見上げた。
(そう言えばお父様とお母様が亡くなった日も満月だったわ)
煌々と光る満月を見てそう思い出した凛は、小物入れから簪を取り出した。
桜の花びらの銀細工に真珠が添えられた意匠の美しい簪だ。
これは両親が事故で亡くなる1週間前。凛の誕生日の贈り物として母から譲り受けたものだった。
母が結婚する際に身に着けていたものだと言う。
まだ子供の凛には大人物の髪飾りを付けることはできなかったが
「お嫁さんになる時につけてくれたら嬉しいわ。凛はどんな方と結婚するのかしら」
微笑みながらそう言った笑顔を覚えている。
(結婚どころか、こんな素敵な髪飾りを身に着けることなんてもうないわ)
今の凛は裾が綻んだ臙脂の縞木綿の着物に身を包み、綺麗な花嫁衣裳どころか、華絵の着るような華やかな着物さえ身に着けることは叶わない。
二度と身につけることは叶わない髪飾りを仕舞うと、凛は冷たい布団へ潜り込んで疲れた体を横たえた。