七種家は、古代より朝廷に仕えてきたあやかし祓いの一族である。
 朝廷も幕府も、あやかしという存在を影では認知していたものの、表沙汰にはせず、七種一門の者に、長きにわたり、秘密裏に処理をさせてきた。そのため七種が歴史の表舞台に立つことはなかった。
 かつて天皇に随行し、その道を先導した八咫烏を祖にするとも言われる、謎多き影の一族と言えた。
 明治五年、明治政府は公に陰陽師廃止令を交付し、公私ともに溢れていた祓い屋の類いを一掃した。だが七種家がお取り潰しになることはなく、今も変わらず政府の影の始末人を担っているのであった。
 だからこそ、七種家には霊力を持つ者しか入れない。一族を名乗る者も、その奉公人ですら、一切の例外なく、少なからず霊力を持つのである。
「そんな中で、わしはちょっとまぁ……しくじってな。あやかしを封じ込めたんはええけど、わし自身の霊力も一緒に封じられてしもたんや」
「封じられた、ですか」
「そうや。わしは、もう一門を名乗ってあやかし祓いをすることはできへん。そやからあの家を出て、ここにおる」
「はぁ……なるほど」
 千秋が淹れてくれたお茶を飲みながら、りんはいつの間にか話に聞き入っていた。そやからな、と千秋は言う。
「あんたの、その厄介な問題はわしにはどうもしてやれん。今はたまたま何とかなったけんど、同じことが起こったら次は手の打ちようがないかもしれんのや。本家におる方があんたのためやで」
「で、できまへん……! もう本家には置けんて言われて、ここに来たんです。あやかしに憑かれる度に本家の(もん)の手を煩わすわけにはいかんて……」
「いかにも、あの人が良いそうなことやな」
 ため息をつく千秋に、りんは深く頭を下げた。
「お願いします。何でもしますので、ここに置いてください。うちにはもう、帰る宛てがないんです。うちの生まれ故郷は……」
「わかっとる。あやかしに襲われて、あんた以外は皆……。もう五年ほど経つか……」
「はい」
 本家にいた際に、聞き及んでいたのだろうか。千秋は痛ましい面持ちで俯いた。
「うちのせいなんです。うちが昔からああいう……あやかしに憑かれやすくて、きっと悪いあやかしを村に入れてしもたんです。しかも自分だけは生き延びて……浅ましいのは重々わかってます。それでも、命を粗末にはできまへんし、生きていくには住む場所と仕事がいります。そやから、どうか……!」
 椅子から降り、床に手を突いて頭を下げた。千秋の困ったような声が聞こえたが、それでも頭を床にこすりつけた。
 すると、千秋の大きなため息が、聞こえた。
「ああ、もう……わかった。しばらくはおったらええわ」
「ホンマですか!? あ、ありがとうございます!」
 顔を上げると、険しい面持ちの千秋と目が合った。渋々という様子がありありとわかる顔だ。
「ただし、ずっとおるのはあかん。わしが本家と掛け合うさかい、向こうへ戻れ。それまでは……まぁ、家のことでも手伝うてもらおか」
「はい! 何でもお任せ下さい!」
「さて、そうと決まったら……」
「は、はい……!」
 どうやら初仕事のようだ。何だろうか。掃除か、皿洗いか、買い物か、それとも料理の仕込みか。
 りんの期待に応えるような爽やかな笑みを浮かべて、千秋は言う。
「一眠りや。昼から天麩羅揚げて疲れたしな」
「はい? あ、あの……お店は?」
「言うたやろ、。うちの客は夜に来るんや。それまでは……ふあああぁぁ」
 千秋は大あくびをしながら、ふらふら歩いて行ってしまった。
「あんたも、昼寝でもしとき」
 くるちと振り返ってそう言う千秋に、りんは、思い切り息を吸い込んで、言った。
「で……できるわけありまへん!!」