一瞬、刃を向けられたような顔をしたが、九重は首を横に振った。
「……無理な話やな。わしと千秋は今、互いに力を食い合うとる関係や。その均衡が崩れるいうんは、わしの存在そのものが危うくなる。こいつのために死ぬんは、さすがにごめんや」
「ほな、うちを手伝いなはれ」
「はぁ?」
 また、千秋と九重が同時に目を丸くした。今度は互いに目を見合わせるまでしている。りんの言葉が、まるきり理解できないようだ。だが、りんは躊躇うことなく言い放つ。
「うちは、若様に従う。そのうちを手伝ういうことは、若様の力になるいうことですやろ。若様との食い合いを崩さずに、若様の力になってんか」
「……お前に従えと……そう言うとるんか? このわしに?」
「そうや」
 りんは、静かに立ち上がった。怯むことなく真っ直ぐに立って、九重を見据えた。
「若様を助ける、うちに従いなはれ……九重」
「!」
 その時、全員が感じ取っていた。りんの放つ言葉が、九重を縛ったことを。見えざる糸のように、幾重にも絡みつき、自由を奪ったのだと。
「まさか、調伏しよるとは……」
「ちょうぶく?」
「あやかしを従えてまう、いうことや」
 千秋の視線に従って、九重に視線を向ける。
 九重は何とも言えない渋い表情で、りんを見ていた。致し方ない、という顔で。
「……はぁ、しゃあないな」
 九重は、急に居住まいをただし、その場に膝をついた。そして畳に手をつき、深々と頭を下げる。
「貴女に従う。貴女に許される日まで、御身のために尽くすと、お約束いたす」
 りんは、しっかりと頷いて見せた。そして、自らの主に向けても、頷いて見せた。
 それを受けた千秋の表情は、なんとも力の抜けたものだった。張り詰めていた糸が、一気に緩んだかのような、笑いの混ざった面持ちで九重に向き合う。
「しゃあないな……わしにもよう尽くせよ」
「お前のためとちゃうわ」
「おう。大事な大事なりんのために、わしに尽くせよ。眷属の九重はん」
 千秋と九重の間に、見えざる炎がメラメラと燃え上がる。
 一件落着のはずだが、りんは、かえって心配になってしまったのだった。