「若様が、あの時……村に?」
何度も目を瞬かせて、千秋を見る。千秋は、りんに目を向けようとしない。苦々しく、重苦しく、顔をしかめたままだ。
その辛そうに歪んだ顔を見て、急に何かが体の奥からこみ上げてきた。
恐怖だ。
殺される――何故か今、そう思った。だけどすぐに、それが今の瞬間のことではないとわかった。
これはあの日、村が襲われた時に抱いていた恐怖だ。
何故、忘れていたのか。
息もできないほど、怖かった。目の前で、自分の傍にいた人から順に倒れていった。何が起きたのかわからず、立ち尽くした。
つい一瞬前まで笑っていた人が、気付いたら血の海の中に倒れていたのだ。
のどかに畑仕事に精を出していた村が、僅かな間に、地獄絵図のように変貌したのだった。悲鳴なんて聞こえなかった。皆、声を上げる間もなく息絶えたのだから。
りんもまた、悲鳴も上げられなかった。怖くて、何が起こっているのかわからなくて、困惑して、静かになっていく村を見て、ただただ背筋が凍るほど寒かった。
そして、気付いたら大きなお屋敷にいた。
異常を察知して村を訪れた七種の者が、ただ一人の生き残りである、りんを連れ帰ってくれた。そう、後から聞いた。
「若様が、あの時助けてくれはったんですか?」
「助けたんやない。わしが着いた時には、もう終わっとったんや……九重は姿をくらまして、あんたは血だまりの中で倒れとった」
「他の者は、わしが全部喰い殺してしもた後やったさかいなぁ」
「そんな……なんで……なんで、皆を……なんでうちだけ……!」
「……さぁ、忘れてしもた。ただの気まぐれや」
体中のすべてが、沸き立つように熱くなった。
憎しみとは、こんな感情のことをいうのか。初めて抱く感情に戸惑う間もなく、りんは九重に手を伸ばした。だが、その手が届くことはなかった。
起き上がった瞬間に、りんの体は力なく床に倒れてしまった。
「無理をしたらあかん。こいつのことは、七種家に任せてくれたら……」
「……ください」
「へ?」
声を発する力まで、湧かない。
りんは精一杯の気力を振り絞って、今までで一番大きな声で叫んだ。
「若様、ご飯を……食べさせてください!」
「へ? 飯?」
「おなかが……すき、ました……」
そう言うと、今度こそ力が尽きて、床に突っ伏してしまった。
視界の端で、目を瞬かせている千秋が見える。
「あぁ……そう……」
「暢気なもんやなぁ、ははは」
「のんきと……ちがいます」
呆れる千秋と九重を、床からぎろりと睨み上げ、りんは声を絞り出した。
「これは……戦いです。若様のご飯でお腹いっぱいになれば……あんたを追い払えるんや。うちが、勝つんや……!」
息も絶え絶えに、そう言い切る。知らず知らず、拳を握りしめていた。その拳を、大きくて温かな手のひらが、包んでくれた。
「若様……」
ようやく、千秋がこちらを向いた。まっすぐに、りんの瞳だけを見つめている。
「わかった。待っとり。すぐに、たらふく食べさせたるさかい……負けたらあかんで」
「はい……!」
千秋はすぐさま立ち上がり、店の厨房の方へと駆けていくのだった。後に残された九重とりんの間には、静寂だけが立ちこめた。
何度も目を瞬かせて、千秋を見る。千秋は、りんに目を向けようとしない。苦々しく、重苦しく、顔をしかめたままだ。
その辛そうに歪んだ顔を見て、急に何かが体の奥からこみ上げてきた。
恐怖だ。
殺される――何故か今、そう思った。だけどすぐに、それが今の瞬間のことではないとわかった。
これはあの日、村が襲われた時に抱いていた恐怖だ。
何故、忘れていたのか。
息もできないほど、怖かった。目の前で、自分の傍にいた人から順に倒れていった。何が起きたのかわからず、立ち尽くした。
つい一瞬前まで笑っていた人が、気付いたら血の海の中に倒れていたのだ。
のどかに畑仕事に精を出していた村が、僅かな間に、地獄絵図のように変貌したのだった。悲鳴なんて聞こえなかった。皆、声を上げる間もなく息絶えたのだから。
りんもまた、悲鳴も上げられなかった。怖くて、何が起こっているのかわからなくて、困惑して、静かになっていく村を見て、ただただ背筋が凍るほど寒かった。
そして、気付いたら大きなお屋敷にいた。
異常を察知して村を訪れた七種の者が、ただ一人の生き残りである、りんを連れ帰ってくれた。そう、後から聞いた。
「若様が、あの時助けてくれはったんですか?」
「助けたんやない。わしが着いた時には、もう終わっとったんや……九重は姿をくらまして、あんたは血だまりの中で倒れとった」
「他の者は、わしが全部喰い殺してしもた後やったさかいなぁ」
「そんな……なんで……なんで、皆を……なんでうちだけ……!」
「……さぁ、忘れてしもた。ただの気まぐれや」
体中のすべてが、沸き立つように熱くなった。
憎しみとは、こんな感情のことをいうのか。初めて抱く感情に戸惑う間もなく、りんは九重に手を伸ばした。だが、その手が届くことはなかった。
起き上がった瞬間に、りんの体は力なく床に倒れてしまった。
「無理をしたらあかん。こいつのことは、七種家に任せてくれたら……」
「……ください」
「へ?」
声を発する力まで、湧かない。
りんは精一杯の気力を振り絞って、今までで一番大きな声で叫んだ。
「若様、ご飯を……食べさせてください!」
「へ? 飯?」
「おなかが……すき、ました……」
そう言うと、今度こそ力が尽きて、床に突っ伏してしまった。
視界の端で、目を瞬かせている千秋が見える。
「あぁ……そう……」
「暢気なもんやなぁ、ははは」
「のんきと……ちがいます」
呆れる千秋と九重を、床からぎろりと睨み上げ、りんは声を絞り出した。
「これは……戦いです。若様のご飯でお腹いっぱいになれば……あんたを追い払えるんや。うちが、勝つんや……!」
息も絶え絶えに、そう言い切る。知らず知らず、拳を握りしめていた。その拳を、大きくて温かな手のひらが、包んでくれた。
「若様……」
ようやく、千秋がこちらを向いた。まっすぐに、りんの瞳だけを見つめている。
「わかった。待っとり。すぐに、たらふく食べさせたるさかい……負けたらあかんで」
「はい……!」
千秋はすぐさま立ち上がり、店の厨房の方へと駆けていくのだった。後に残された九重とりんの間には、静寂だけが立ちこめた。