「でも、若様が封じてるはずやないの」
――あの男、料理を作ると、一緒に霊力も籠めるやろ。今までは水が零れたくらいのもんやったが……あんたは、料理ごと、その霊力を喰うた。体の中におるわしは、その霊力に乗って、少しずつ外に出て、あんたの体に取り込んでもろてた……いうわけや
「ほな、うちにも取り憑いてるって……そういうことですか?」
――まぁ、ほんの少ぉし、な。そやからこんな、はっきりせえへん形しかとれんのや
 りんの驚く声に、あやかしはくつくつと笑う。
――あんたに完全に取り憑けば、あの男から出られる。あの男とあんたとの間に糸みたいな繋がりができた今なら、それができるんや。どうや、わしをあんたの体に入れてくれへんか?
「そ、そんなんできまへん。どれだけ危ないことなんか、いくらなんでもわかります」
――怖いんか? この前は自分から取り憑かせとったやないか
「あのお人は、全然怖いことあれへんかったから」
――あんたやったら、誰が相手でも怖いことないわ。取り憑いたかて、腹一杯になれば、祓えるんやろ?
「それは……」
 今まではできなかった。だけど千秋のご飯を食べると、それができる。
 それに本家の人たちが行っていたような力づくのあやかし祓いとは違う。ただこの土地にある門を開き、あやかしを帰してやれる……りんがするのは、そんな手伝いだ。
――もしも、それをわしに果たすことができたら、誰よりも喜ぶんはあの男とちがうか? 呪いは解け、わしという脅威も去る。そして、それができるんはあの男でも、本家の(もん)でもない。あんただけや
「うち、だけ……?」
 耳元で、そうや、と甘く優しく、囁かれる。気を強く持っていないと、その言葉にあっさり頷いてしまいそうになる。
「そ、そんなこと、なんで今、うちに言うのん? その通りになったら、あんたはんが困るんとちゃうのん?」
――そこはそれ、博打や
「博打? 何が?」
――わしかて、ただ黙って追い払われる気はないわい。あんたが気を抜いた隙を狙うて、喰ったろうと思っとる
「や、やっぱり!」
――そやから、博打やて言うてるんや。あんたに完全に取り憑いたとして、あの男が気付かんわけがない。当然、わしを祓える料理を食わせようとするやろうな。あんたがそれで力を得て、わしを門の向こうに返せたら、あんたの勝ち。そやけど、それまでにわしがあんたを喰らい返して取り込めれば、わしの勝ちや。どうや、五分と五分の勝負やと思わへんか?
 そう言われて、りんはぐっと唇を噛みしめる。
 そんなわけがない。絶対に、何かしらこのあやかしには腹づもりがある。そう思うのだが、あやかしの提案を突っぱねることができない。