白に黄色に緑に……と、器の中にちりばめられた色に目を動かし、紳士は呟いた。
「ケズレー……」
「そう、ケズレー……いや、ケジャリーやったかいな」
「飯、卵、魚、牛の乳……」
「そう。言うてはったもんは全部入ってると思うけんど、どうでっしゃろ?」
 紳士は頷くと、そっと、匙を手に取った。そして、そのまま動きを止めた。
 今度こそ、本当に食べないのだろうかと、首を傾げた。
「そら、人間の食べもんなんやから、あやかしは食べられへんわ」
「え!?」
「仏さんにお供えするんと同じや。あやかしはああして香りや見目、あとはまぁ……気持ちやら、そういうもんを十分に感じ取ってるんや」
「そ、そうなんですか……」
 言われてみれば、香りや色を堪能しているようにも見える。だが、りんは思ってしまった。
(食べられへんやなんて可哀想……)
 そして、思いついてしまった。
「取り憑いたら……?」
「なんて?」
 尋ねる千秋に、りんは答える。
「あのお客さん、うちに取り憑いたらどないですやろ?」
「はぁ? 何言うてんねん」
 正気を疑うとばかりに目を見開く千秋。無理もない。ほんの少し前なら、自分からこんなことを言い出すはずもなかった。
 だが、今は違う。
「だって、あんなに楽しみに待ってはったのに、肝心の味がわからへんやなんて、酷いですやんか」
「そらそうやけども」
「うちに取り憑いてたら、うちと同じように美味しいて感じることができるんとちゃいますか?」
「そら……そうかもしれんけど、取り憑かれるのはお前やねんぞ? よう考えい」
「考えてます。そやから言うてるんです。このお人は、料理を食べとおてここに来てくれはったんですやろ。ほな、やることは決まってます」
「それが、代わりに食うことか?」
 りんは、大きく頷いた。
「お客さんに取り憑いてもろて、うちが代わりにこのご飯を食べる。ほなお客さんは美味しいもん食べられて満足しはる。お客さんに料理で満足してもらうんが飯屋やないですか。それに、取り憑いても、このお人やったらそう危ないこともないんとちゃいますか?」
「うぅん……そないうまくいくかいな?」
 千秋は、様々視線を動かしていた。りんに、紳士に、そして料理に。器から立ち上る湯気が、こうしている間にも細く消えていく。
「うぅぅぅぅぅ……わかった。やってみぃ」
 千秋がそう言うと、あやかしの紳士は戸惑いつつ、お辞儀をしていた。
「えらい、すんまへん」
 今の会話が通じていたのだろうか。紳士はゆっくりとりんに近づいてくる。
 りんは、静かに目を閉じた。