「お前は、出来損ないだ!」
その言葉は聞き飽きたなと頭の中で考える。
「そんなお前は、水神の生贄花婿になるんだ」
「水神さま・・・」
水神様とは、水の神であり雨を降らしたりできる神のことだ。
けれど、今年は梅雨の季節に入ったというのに一向に雨が降らない。
「明日には、儀式を行うからな」
そう言って、父さんは出ていった。
父さんが出ていったドアを数秒見つめ、口からため息がこぼれる。
「花婿ってなんだよ」
この家の次男であり、『宮代家』の出来損ないである俺はまたもやため息がもれる。
これは、村のためでもあるがこの村をおさめる『宮代家』としては見逃せない。
そして、生贄にするならば『宮代家』の出来損ないを排除しようとしてるんだろう。
「そんなことして何になるんだか」
兄さんが優秀で、それに比べて俺は普通すぎた。
そのせいで、父さんたちからずっと『出来損ない』と言われ続けていた。
ふいに、ある考えが頭に浮かんだ。
「流石に衣食住はさせてもらえるよな?」
水神様が住んでいるのは、山奥だ。
だからもし、食べさせてもらえなかったらどうすればいいのだろう。
しかも、この村は神を毛嫌いしているせいか神様に誠意というものがない。
だから、他の村からは『嫌われ神様』と呼ばれていた。
その言葉も神様なら聞いているはずだ。
もしかしたら、ほったらかしにされて放置される可能性が十分にある。
「ああ、本当に死ぬ未来しか見えない」
だからと言って眠らないわけにいかなく、布団に入り瞼を閉じる。
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「じゃあな、これで邪魔者がいなくなった」
父さんは、それだけ言い残して山を下りていく。
(ああ、これで神様が俺を迎えに来なきゃ確実に死ぬな)
生きることをあきらめて、曇った空を見上げる。
「あの、君が花婿ですか?」
後ろから高い声が聞こえ、バッと振り向くとそこには銀髪の少女が立っていた。
よく見ると銀髪の少女の顔は整っていた。
鼻がシュッとなっていて、目もデカすぎず小さすぎず、ピンク色の唇は小さかった。
「あなたは?」
「えっと、水神です」
少女は困ったように笑い、座り込んでいた俺を立ち上がらせてくれる。
「俺は、宮代依(みやしろ より)と言います」
「私は、水李(みり)と言います」
水神様は、自分の名前を懐かしむように口にする。
「あの、俺ってこの後どうなりますか?」
できれば、このまま一緒に連れて言ってくれた方が楽だ。
家に帰っても、すぐにまたここに連れ戻されるだけ。
「じゃあ、私についてきますか?」
「よろしくお願いします」
水神様は、ニコッと笑い山奥へ進んでいく。
「あっ、私のことを水李と呼んでください。敬語も抜いて」
まさかの要求に口をポカンと開けてしまう。
「じゃあ、水李。俺のことも依と呼んで」
彼女は、俺の言葉を聞いてバッと振り返って笑いかけてくる。
「なんでそんなに笑うんだ?」
なんとなく思った疑問を口にする。
それを聞いた水李は、顔を赤らめて口をごにょごにょしながら言う。
「名前、呼んでくれたから」
「そんなことで?」
「だって、私って村の人たちから嫌われてるでしょ?だから、呼ばれないと思ってた」
水李が言った言葉が胸にグサッとナイフみたいに刺さる。
(この言葉で傷つくのは水李のはずなのに、なんでこんなに胸がいたいんだ?)
「俺は、別に水李のことは嫌いじゃないよ」
「ホント?」
水李に視線を向けると、水李は今にも泣きそうに顔を歪めていた。
「あ、ああ」
「そっか」
水李は、俺が頷くと少し切なそうに笑い前を向いて歩き続ける。
(神様でも傷つくよな。それなのに、俺たち人間は水李を物凄く傷つけたんだ)
何度も周りから『嫌われ神様』と言われて。
俺も、周囲から『出来損ないの次男』や『役に立たない村の邪魔者』と罵られた。
最近は慣れていると思っていた方だ。
だけど、完全には慣れないものだ。
自分の存在を否定されて、どんなに苦しかったんだろう。
「なぁ、水李。俺は、水李の傍から離れないからな」
ただ、水李の姿が昔の俺の姿と重なって見えてつい言ってしまった。
「本当ですか?傍に・・・いてくれますか?」
水李は前を向いたまま言う。
顔は見えないが、声が震えていることから怖いんだろうと思った。
誰かに拒絶されるのが。
「ああ、ずっとそばにいてやるよ」
俺がそう言ったとたん、彼女は俺に抱き着いてきた。
「言いましたからね?。言った事には責任を取ってくださいね」
俺は、泣き続ける水李の頭を優しく撫でてやる。
水李が言った言葉通りに、俺が責任を取るのはもう少しだけあとの話。
(俺はどうして今、土下座されているんだ?)
目のまえには、頭を床につけて座ってる水李がいる。
普通は、俺が土下座するものではないのだろうか?
「えっと、なんで・・・」
「すみませんッ、出会ってすぐなのに目の前で泣いてしまって、本当にすみません」
「顔を上げて」
俺はため息をついて、呆れつつ水李の頭を撫でる。
「へッ」
「別に泣きたかったら俺の前で泣けばいいだろ」
こいつは誰にも弱音を吐けなかったんだろう。
弱音を吐けないのはつらいことを経験上俺が一番知っている。
「でもッ、でもッ、私は神様だから、弱音なんて吐いちゃいけない」
「それでも、弱音を吐かなきゃいつか壊れるぞ」
俯きながら水李の悲痛の叫びに、胸が痛む。
「じゃあ、甘えてもいいの?」
「ああ」
水李は、そっかと安堵している。