「これより、駆け落ちするあやかしを募集する!!」

 宇治。貴族の別荘地。その一室で、やんごとなき姫君は叫んだ。
 端近(はしぢか)に控えていた従者は胡乱げな顔をする。

「は? 結姫(ゆいひめ)。いまなんと?」
「聞いてくれ一縷(いちる)くん。父上がついにやりおったのじゃ。私を帝に入内(じゅだい)させるとか言ってきたのじゃ!」
「はあ……今上帝(きんじょうてい)といえば、すでに姫の姉君が入内(じゅだい)されて、お子も大勢いらっしゃる仲睦まじいと評判の間柄」
「しかし、()()がおらんからのう……そこで末娘の私も追加しようという魂胆よ。姉妹で一緒に嫁ぐとかありえなくない? 姉上は中宮(ちゅうぐう)だし、子ができたら姉上の養子にするらしいし、私の立場なくない?」
内大臣(との)さまはなんというか、こう……分かりやすく権力者しぐさしていますね……」

 事情は分かりました、と一縷(いちる)は呟いた。しもべの者とも思えないほど、端正な顔立ち。童装束のため冠は身につけていないものの、艶やかな黒髪を後頭部で高く結い上げている。赤い髪紐を面白くなさそうにいじくる。

「それで──なぜ、駆け落ちなのです? それもあやかし相手などと」
「なあに、簡単よ。人間相手だと連れ戻される可能性が高いじゃろ? あやかし相手なら父上も帝も諦めると思うのじゃ」

 御簾(みす)の向こうから、ちょいちょい、と手招きされる。

「そこでは遠い。こっちに来い一縷(いちる)くん」
「ちょっと、みだりに異性を招き入れるものではないと何度も」
「な~に。私と一縷くんの仲ではないか~よいではないか~(あるじ)の言うことが聞けんのか~」
「姫も充分権力者しぐさしてますよ!!」

 一縷は胸元から人形(ひとがた)を取り出し、ふっと息を吹いた。途端に、一縷そっくりの式神ができる。偽物の自分に見張りをさせ、いつも通り、御簾の中に入ると結姫(ゆいひめ)は好奇心旺盛な瞳を輝かせていた。

「いつ見ても、摩訶不思議な術じゃ。面白いの~」

 小柄で豊かな髪。重ね着した小袖は花開くように鮮やか。そんな結姫は左のこめかみの髪を赤い飾り紐で結わいていた。自分と同じ飾り紐。一縷は思わず緩んだ口元を引き締めた。

「それ、狐の妖術なんじゃろ。いいなあいいなあ。私も使いたいなあ」
「姫には使いこなせませんよ。私だって、天狐(てんこ)から術を授かっただけで、現世(うつしよ)ではそんな長く使えません」
「でも、霊感あるし。一縷くん」
「鬼も霊も、見えていいことなんかありません姫」
「だってなんかかっこいいじゃん~」

 それより、本題は! と一縷が一喝すると、おおそうじゃった、と結姫は文箱から和歌を綴った紙を取り出した。

「と、いうわけで、こちらの恋文。幽世(かくりよ)に届けてくれんかのう。狙い目は鬼か狐か天狗か。私的には美男子で高身長のあやかしがいいのう」
「あやかし相手にナンパする気ですか!? というか、人のこと、霊界通信に使わないでもらえますか!」
「だって、一縷くん、幽世(かくりよ)にも渡れるし。あやかしにも顔が利くし。幼少期、神隠しにあったそなたを拾ったのはこの日のため……」
「あやかしとの婚活のために!? 知りたくなかったなー!」

 一縷が頭を抱えると、うるうると結姫は懇願した。

「お願いじゃ一縷くん。父上の道具になるのは嫌じゃ。帝と姉上の仲を壊す真似もしたくない。駆け落ちするしかないのじゃ」
「……っだったら! なにもあやかし相手に駆け落ちしなくたって……っ」

 思わず語気を荒げた一縷は、じっと結姫を見つめた。

「じゅ、従者とだって、よいではありませんか……?」

 目を見開く結姫の瞳の中、真っ赤になった一縷の顔が映る。まじまじと見つめ合い、そうして、結姫はフッと肩をすくめて笑った。

「身分違いは嫌じゃぁ……」
「無駄に矜持(プライド)が高いなあ!」