プリを撮影し終えた俺達は、ショッピングモールから出ると近くのカラオケ屋に入った。
案内されたのは、二人用のあまり広くない部屋。
俺と美桜はやや間隔は開けているものの、横並びで座っている。
この間の公園のベンチでもそうだったけど、やっぱりこの距離感はちょっとドキドキするな……。
「それで、ハル君の服の話なんだけど」
部屋に入り一段落した所で、美桜がそう切り出してくる。
そうだ。歌うのも目的だけど、本題は別だったな。
「あー。話す前にひとつ、頼みがあるんだけど」
「何?」
「この話は、俺達の間だけの秘密にしてくれないか? 周囲にこういう話が広まるのはよくないからって、作ってくれた人から口止めされてて」
「うん。わかった」
俺が予想外のことを口にしたからか。美桜の表情に真剣味が増す。
まあ、こいつなら信用できるし、大丈夫だろ。
「それで。その服はどこで買ったの?」
「えっと、買ったっていうより、貰ったっていう方が近い気がする」
「え? 貰った? そんな素敵な服を?」
美桜がきょとんとするけど、まあこっちも同じ気持ちだ。
ちょっと苦笑しながら、俺は話を続けた。
「美桜は『Standing Tall』って店、知ってるか?」
「えっ!? スタトル!?」
問いかけに目を丸くした美桜。店の略称を口にしたって事は、知ってるってことだよな。
「ああ。そこで先輩達が無理を言って男子向けのオーダーメイドの交渉してくれたんだけど。丁度その店に、社長のYUKINOさんって人が来てて。俺達の話を聞いたら、服をデザインしてくれるってだけじゃなく、俺にある提案を受けてくれたら作ってくれるって言い出したんだ」
話を聞くうちに、みるみる美桜がどこか釈然としない顔になっていく。
まあ、急にこんな話をすれば、そんな顔にも──。
「えっと……その時、こう言われなかった? 『専属モデルになってくれたらいいわよ』って……」
え? 何でそれを知ってるんだ?
「あ、ああ。言われたけど……」
「やっぱり……」
突然のことに動揺し、素直にそう答えると、美桜は呆れながらも納得した顔をする。
という事は、これってつまり……。
「なあ。もしかして、お前の服もか?」
「う、うん。YUKINOさんが同じ提案してくれて、それで……」
あいつの答えを聞いて、俺は妙に納得してしまった。
私服のにしては、かなり目立つ俺達の服。だけど、並んで立つと予想以上に違和感がなく、しっくりくるデザインだったんだよ。
つまりあの人は俺と美桜、両方の話を聞いて、敢えてこのデザインにした可能性が高いって事……。
「ちなみにお前、YUKINOさんと知り合いだったのか?」
「ううん。誰とは言えないけど、知り合いがYUKINOさんと知り合いで。その伝手で紹介してもらったの」
少し戸惑いながらもさらりとそう口にしたって事は、多分そこに嘘はなさそうか。そう考えると、本当に偶然でこうなったって事だよな。
まるで、神様のくれた奇跡。
だったら、この機会を少しでも活かせれば……。
「そっか。ごめんな。言い難い話を聞いちゃって」
「ううん。こっちこそありがと」
「じゃ、そろそろ歌うか?」
「そうだね」
俺は神様とYUKINOさんに感謝しながら、俺達は互いに選曲用のタブレットを手に取る。
さて。問題はどこで『キミの背中』を歌うかだ。
一曲目からは流石にちょっと緊張してるし、もう少し喉が温まってからがいいよな。
とはいえ、あんまり引っ張るのもなぁ。
そう考える三曲目辺りがベストか?
「ね、ハル君。あたしから入れちゃっていーい?」
画面を見ながら頭を悩ませていると、美桜がそう尋ねてきた。
へー。結構乗り気なんだな。
「ああ。決まってるなら」
「おっけー。じゃ、先に入れちゃうね」
軽く返事をしたあいつが、先にぱぱぱっとタブレットを操作し曲を入れる。
手慣れてるな、なんて感心しながら、。再びタブレットから曲の一覧を眺めていると、耳に届いた聞き覚えのあるイントロ──ってこれ、『キミの背中』じゃないか!?
思わず顔を上げ画面を見ると、そこには予想通りのタイトルが。
美桜ってこの歌を知ってたのか!?
知っている限り、そこまでマスチル好きだった印象なんてないんだけど……。
「たーまにー見かーける、君の背中はー、近いはーずなーのに何時も遠いー」
あまりに予想外のことに愕然としているうちに、美桜が歌い始めた。
あいつらしい綺麗な歌声。それはこの歌に凄くマッチしてる。
どこか歌い慣れた感じからも、きっとこの曲を以前から知っていたんだろう。
にしてもだ。よりにもよって、美桜に向けて歌おうと思ってた曲が被るとかあるのかよ!?
そんな衝撃から立ち直れないまま、だけど素敵な美桜の歌声に耳を傾けているうちに、あっという間に困惑と至福が入り交じった時間は終わりを告げた。
最後までしっかりと歌い終えた美桜が、マイクを下ろすとこっちを見る。
「ね? どうだった?」
「あ、ああ。めちゃくちゃ上手かったよ」
「そっか。良かったー」
ほっと胸を撫で下ろした美桜に、俺も何とか笑みを浮かべる。
だけど、内心は複雑な気持ちだった。
きっとあいつは、この歌に俺のような想いなんて込めてない。
そんな残念な気持ちと、タイミング悪く歌おうとした曲が被ったガッカリ感が重なる。
折角うまくカラオケに持ち込めたってのに、ほんと俺もつくづくツイてないな……。
「次はハル君の番だよ」
こっちの気持ちに気づかず、美桜が期待に溢れた目を向けてくる。
「あ、悪い。すぐ選ぶから」
って、そうだ。次何を歌えば良いんだ!?
持ち歌を奪われた今、俺は慌ててタブレットで色々と検索をかける。
で。結局俺はこのカラオケの間、以前家族で一緒にカラオケに行った時に聞かせた、無難かつ俺の好きなアーティストの曲を歌いこなしたんだけど。自分の計画が頓挫したショックを引きずってて、他に想いを伝えられそうな曲を選ぶなんて機転は浮かばなかった。
◆ ◇ ◆
「うーん! めっちゃ歌ったー!」
「そうだな」
三時間ほど歌い続けた俺達がカラオケ屋を出ると、少し日が西に傾き始めている。
もう少しすれば、綺麗な夕焼け空が見れそうな時間。
「しっかし、お前ってやっぱり歌上手いよな」
「そうかな?」
「ああ。どの歌もしっかり歌いこなしてたし」
二人で駅前に向け歩道を歩きながら、俺はあいつを見上げそう褒めてやる。
美桜が歌った曲は、最初のマスチル以外はほぼ女性アーティストの曲。どれも恋を題材にした歌が多かったけど、女性の曲だとよくある感じだと思ってる。
そのどれもをきちっと歌い上げていたこいつの歌唱力は、やっぱり本物。今の服でアイドルデビューとかしたら、結構売れるんじゃないか?
「そっか。ありがと」
素直に褒められて気恥ずかしかったのか。
はにかむ美桜の顔に少し見惚れていると、あいつがこう返してきた。
「でもー、ハル君も上手だったよ」
「そうだといいんだけどな」
「もー。自信持ちなってー。あたしのお墨付きなんだから」
「そうか。じゃあそう思っておくよ」
そういって励ましてくれる美桜には感謝しているし、俺も歌い慣れた曲ばかりだから、下手だったってことはないと信じたい。
ただ、折角の機会をふいにしたショックもあって、自分がどう歌ってたか、あまり覚えてないんだよな。
相変わらずもやもやが拭えないまま二人で歩いていると。
「ねえ、ハル君」
ふと、しおらしい感じの美桜の声が耳に届いた。
「ん? どうしたんだ?」
少し雰囲気が違うあいつの声に思わずそっちを見上げると、あいつは少しもじもじとしながら、ちょっと目を泳がせてる。
何か困った事でもあったのか?
そんな疑問は、次の言葉であっさりと消え失せた。
「えっとね。その……今のあたし達って、周りからどう見えるかな?」
「は? どう見えるかな!?」
「う、うん……」
俺が驚いた声を出したのにびっくりして、あいつがちょっと困った顔でこっちをちらちらと見る。
いや、どう見えるったって……どれだけ着飾ったって、この身長差だろ?
そりゃ、恋人に見られでもすれば嬉しいけど、現実はそんなに甘くないだろ。
ただ……。俺はすぐに言葉を返せず、一旦前を向いた。
周囲の目から言えばそうだ。多分俺達なんて姉弟とか、それこそ大人と子供みたいに見られてるに違いない。
ただ、美桜は何でこれを聞いたんだ? っていう、素朴な疑問が心に引っかかる。
あいつはどう見られてるって答えてほしいんだろうか。
幼馴染ってわざわざ再確認したいのか?
アイドルユニットみたいだって思ってたりするのか?
それとも……いや、まさかな……。
頭に過ったのは、俺が最も憧れている恋人の二文字。
実際こういうシーンって、マンガとかドラマだったらこう答えるもんじゃないだろうか。
だけど、それを口にしてもいいもんなのか?
俺がただ自惚れてるだけにならないか?
この予想が外れてたら、それこそ気まずくならないか?
踏み込みたい気持ちと、自制すべきっていう気持ち。
天秤にかけた二つの思いがせめぎ合い、中々答えを返せない中。
「……あれ?」
ふと俺は、ぽろりとそんな言葉を漏らした。
案内されたのは、二人用のあまり広くない部屋。
俺と美桜はやや間隔は開けているものの、横並びで座っている。
この間の公園のベンチでもそうだったけど、やっぱりこの距離感はちょっとドキドキするな……。
「それで、ハル君の服の話なんだけど」
部屋に入り一段落した所で、美桜がそう切り出してくる。
そうだ。歌うのも目的だけど、本題は別だったな。
「あー。話す前にひとつ、頼みがあるんだけど」
「何?」
「この話は、俺達の間だけの秘密にしてくれないか? 周囲にこういう話が広まるのはよくないからって、作ってくれた人から口止めされてて」
「うん。わかった」
俺が予想外のことを口にしたからか。美桜の表情に真剣味が増す。
まあ、こいつなら信用できるし、大丈夫だろ。
「それで。その服はどこで買ったの?」
「えっと、買ったっていうより、貰ったっていう方が近い気がする」
「え? 貰った? そんな素敵な服を?」
美桜がきょとんとするけど、まあこっちも同じ気持ちだ。
ちょっと苦笑しながら、俺は話を続けた。
「美桜は『Standing Tall』って店、知ってるか?」
「えっ!? スタトル!?」
問いかけに目を丸くした美桜。店の略称を口にしたって事は、知ってるってことだよな。
「ああ。そこで先輩達が無理を言って男子向けのオーダーメイドの交渉してくれたんだけど。丁度その店に、社長のYUKINOさんって人が来てて。俺達の話を聞いたら、服をデザインしてくれるってだけじゃなく、俺にある提案を受けてくれたら作ってくれるって言い出したんだ」
話を聞くうちに、みるみる美桜がどこか釈然としない顔になっていく。
まあ、急にこんな話をすれば、そんな顔にも──。
「えっと……その時、こう言われなかった? 『専属モデルになってくれたらいいわよ』って……」
え? 何でそれを知ってるんだ?
「あ、ああ。言われたけど……」
「やっぱり……」
突然のことに動揺し、素直にそう答えると、美桜は呆れながらも納得した顔をする。
という事は、これってつまり……。
「なあ。もしかして、お前の服もか?」
「う、うん。YUKINOさんが同じ提案してくれて、それで……」
あいつの答えを聞いて、俺は妙に納得してしまった。
私服のにしては、かなり目立つ俺達の服。だけど、並んで立つと予想以上に違和感がなく、しっくりくるデザインだったんだよ。
つまりあの人は俺と美桜、両方の話を聞いて、敢えてこのデザインにした可能性が高いって事……。
「ちなみにお前、YUKINOさんと知り合いだったのか?」
「ううん。誰とは言えないけど、知り合いがYUKINOさんと知り合いで。その伝手で紹介してもらったの」
少し戸惑いながらもさらりとそう口にしたって事は、多分そこに嘘はなさそうか。そう考えると、本当に偶然でこうなったって事だよな。
まるで、神様のくれた奇跡。
だったら、この機会を少しでも活かせれば……。
「そっか。ごめんな。言い難い話を聞いちゃって」
「ううん。こっちこそありがと」
「じゃ、そろそろ歌うか?」
「そうだね」
俺は神様とYUKINOさんに感謝しながら、俺達は互いに選曲用のタブレットを手に取る。
さて。問題はどこで『キミの背中』を歌うかだ。
一曲目からは流石にちょっと緊張してるし、もう少し喉が温まってからがいいよな。
とはいえ、あんまり引っ張るのもなぁ。
そう考える三曲目辺りがベストか?
「ね、ハル君。あたしから入れちゃっていーい?」
画面を見ながら頭を悩ませていると、美桜がそう尋ねてきた。
へー。結構乗り気なんだな。
「ああ。決まってるなら」
「おっけー。じゃ、先に入れちゃうね」
軽く返事をしたあいつが、先にぱぱぱっとタブレットを操作し曲を入れる。
手慣れてるな、なんて感心しながら、。再びタブレットから曲の一覧を眺めていると、耳に届いた聞き覚えのあるイントロ──ってこれ、『キミの背中』じゃないか!?
思わず顔を上げ画面を見ると、そこには予想通りのタイトルが。
美桜ってこの歌を知ってたのか!?
知っている限り、そこまでマスチル好きだった印象なんてないんだけど……。
「たーまにー見かーける、君の背中はー、近いはーずなーのに何時も遠いー」
あまりに予想外のことに愕然としているうちに、美桜が歌い始めた。
あいつらしい綺麗な歌声。それはこの歌に凄くマッチしてる。
どこか歌い慣れた感じからも、きっとこの曲を以前から知っていたんだろう。
にしてもだ。よりにもよって、美桜に向けて歌おうと思ってた曲が被るとかあるのかよ!?
そんな衝撃から立ち直れないまま、だけど素敵な美桜の歌声に耳を傾けているうちに、あっという間に困惑と至福が入り交じった時間は終わりを告げた。
最後までしっかりと歌い終えた美桜が、マイクを下ろすとこっちを見る。
「ね? どうだった?」
「あ、ああ。めちゃくちゃ上手かったよ」
「そっか。良かったー」
ほっと胸を撫で下ろした美桜に、俺も何とか笑みを浮かべる。
だけど、内心は複雑な気持ちだった。
きっとあいつは、この歌に俺のような想いなんて込めてない。
そんな残念な気持ちと、タイミング悪く歌おうとした曲が被ったガッカリ感が重なる。
折角うまくカラオケに持ち込めたってのに、ほんと俺もつくづくツイてないな……。
「次はハル君の番だよ」
こっちの気持ちに気づかず、美桜が期待に溢れた目を向けてくる。
「あ、悪い。すぐ選ぶから」
って、そうだ。次何を歌えば良いんだ!?
持ち歌を奪われた今、俺は慌ててタブレットで色々と検索をかける。
で。結局俺はこのカラオケの間、以前家族で一緒にカラオケに行った時に聞かせた、無難かつ俺の好きなアーティストの曲を歌いこなしたんだけど。自分の計画が頓挫したショックを引きずってて、他に想いを伝えられそうな曲を選ぶなんて機転は浮かばなかった。
◆ ◇ ◆
「うーん! めっちゃ歌ったー!」
「そうだな」
三時間ほど歌い続けた俺達がカラオケ屋を出ると、少し日が西に傾き始めている。
もう少しすれば、綺麗な夕焼け空が見れそうな時間。
「しっかし、お前ってやっぱり歌上手いよな」
「そうかな?」
「ああ。どの歌もしっかり歌いこなしてたし」
二人で駅前に向け歩道を歩きながら、俺はあいつを見上げそう褒めてやる。
美桜が歌った曲は、最初のマスチル以外はほぼ女性アーティストの曲。どれも恋を題材にした歌が多かったけど、女性の曲だとよくある感じだと思ってる。
そのどれもをきちっと歌い上げていたこいつの歌唱力は、やっぱり本物。今の服でアイドルデビューとかしたら、結構売れるんじゃないか?
「そっか。ありがと」
素直に褒められて気恥ずかしかったのか。
はにかむ美桜の顔に少し見惚れていると、あいつがこう返してきた。
「でもー、ハル君も上手だったよ」
「そうだといいんだけどな」
「もー。自信持ちなってー。あたしのお墨付きなんだから」
「そうか。じゃあそう思っておくよ」
そういって励ましてくれる美桜には感謝しているし、俺も歌い慣れた曲ばかりだから、下手だったってことはないと信じたい。
ただ、折角の機会をふいにしたショックもあって、自分がどう歌ってたか、あまり覚えてないんだよな。
相変わらずもやもやが拭えないまま二人で歩いていると。
「ねえ、ハル君」
ふと、しおらしい感じの美桜の声が耳に届いた。
「ん? どうしたんだ?」
少し雰囲気が違うあいつの声に思わずそっちを見上げると、あいつは少しもじもじとしながら、ちょっと目を泳がせてる。
何か困った事でもあったのか?
そんな疑問は、次の言葉であっさりと消え失せた。
「えっとね。その……今のあたし達って、周りからどう見えるかな?」
「は? どう見えるかな!?」
「う、うん……」
俺が驚いた声を出したのにびっくりして、あいつがちょっと困った顔でこっちをちらちらと見る。
いや、どう見えるったって……どれだけ着飾ったって、この身長差だろ?
そりゃ、恋人に見られでもすれば嬉しいけど、現実はそんなに甘くないだろ。
ただ……。俺はすぐに言葉を返せず、一旦前を向いた。
周囲の目から言えばそうだ。多分俺達なんて姉弟とか、それこそ大人と子供みたいに見られてるに違いない。
ただ、美桜は何でこれを聞いたんだ? っていう、素朴な疑問が心に引っかかる。
あいつはどう見られてるって答えてほしいんだろうか。
幼馴染ってわざわざ再確認したいのか?
アイドルユニットみたいだって思ってたりするのか?
それとも……いや、まさかな……。
頭に過ったのは、俺が最も憧れている恋人の二文字。
実際こういうシーンって、マンガとかドラマだったらこう答えるもんじゃないだろうか。
だけど、それを口にしてもいいもんなのか?
俺がただ自惚れてるだけにならないか?
この予想が外れてたら、それこそ気まずくならないか?
踏み込みたい気持ちと、自制すべきっていう気持ち。
天秤にかけた二つの思いがせめぎ合い、中々答えを返せない中。
「……あれ?」
ふと俺は、ぽろりとそんな言葉を漏らした。