不審な男の登場に驚いて立ち止まった燈華は、意図せず男の進行方向に立ちはだかる形になってしまった。一歩も動かないもじゃもじゃの獣を前にして男は足踏みをする。
「妖怪かぁ? どけ! 踏み潰されたいのか!」
「あ……。あ。えっと……」
そうこうしているうちに、べそをかいた小学生くらいの女の子がやって来た。女の子は不審な男を指差して「泥棒!」と叫ぶ。居合わせた人々の多くは体格のいい男を前にして怖気づき遠巻きに見ている。巡査を呼びに行った者もいるようだが、駆け付けてくる前に逃げられてしまうだろう。
燈華は男と睨み合う。ひったくり犯と睨み合いなんてしたくなかったが、勝手にそうなってしまった。
「どけ!」
「こ、子供からものを盗るなんて最低!」
全身の毛を逆立てて威嚇をする。毛先がちりちりと震え、微かに火花が散った。
「鞄を置いて、お巡りさんが来たら一緒に行きなさい。鼬は火を呼ぶ妖怪よ。ここで火柱を作って、貴方を大火傷させることだってできるのよ」
ハッタリだった。鼬が群れて積み重なると火災が起こると言われてはいるが、燈華一人でその場に火を起こせるわけではない。線香花火のように毛先が光ることはあれど、それによって相手を攻撃することは不可能だ。
しかし、男はそんなことは知らない。目の前の妖怪が臨戦態勢になって火花を散らしたので一瞬怯んだ。こうなってしまえば、体格の良さなどもう関係ない。近くにいた男性数人が男を取り押さえる。その際に慌てた男によって鞄が投げ捨てられる形になってしまい、蓋が開いて中身が飛び出した。筆記用具や、本、雑草の花束などが地面に転がった。皆が拾ってやり、女の子は涙を拭って礼を言う。
そして、巡査が到着したのと同じタイミングで女の子の迎えが現れた。気品のあるおじいさんが女の子に恭しく手を差し伸べる。
「千冬様、こんなところに。ご無事でしたか」
「じいや! うん、大丈夫だよ。鞄も、ほら!」
「よかった。車は向こうで待っています」
「分かった。妖怪のお姉さん、ありがとう」
燈華に小さく手を振って、女の子はおじいさんに手を引かれて去って行った。
「……お嬢様だったのかな。ん?」
ふと、何かが落ちていることに気が付き目を向ける。見ると、どうやら懐中時計のようだった。『深水千冬』と記名がある。
「この名前さっき呼ばれていた……。これ、あの子のだ」
鞄の中身が辺りに広がってしまった時、拾い忘れたのだろう。燈華は鎖の部分を咥えて懐中時計を拾い上げる。
あの子に届けてあげないと。ところが、女の子の姿はもう見当たらなくなっていた。車があるという話だったため、もう遠くへ行ってしまったのかもしれない。
女の子がどちらへ帰ったのか分からないので、燈華は懐中時計を咥えたままたくさん寄り道をしながら帰宅した。交番に届ければよかったなと気が付いたのは、すっかり夜になってからである。
「妖怪かぁ? どけ! 踏み潰されたいのか!」
「あ……。あ。えっと……」
そうこうしているうちに、べそをかいた小学生くらいの女の子がやって来た。女の子は不審な男を指差して「泥棒!」と叫ぶ。居合わせた人々の多くは体格のいい男を前にして怖気づき遠巻きに見ている。巡査を呼びに行った者もいるようだが、駆け付けてくる前に逃げられてしまうだろう。
燈華は男と睨み合う。ひったくり犯と睨み合いなんてしたくなかったが、勝手にそうなってしまった。
「どけ!」
「こ、子供からものを盗るなんて最低!」
全身の毛を逆立てて威嚇をする。毛先がちりちりと震え、微かに火花が散った。
「鞄を置いて、お巡りさんが来たら一緒に行きなさい。鼬は火を呼ぶ妖怪よ。ここで火柱を作って、貴方を大火傷させることだってできるのよ」
ハッタリだった。鼬が群れて積み重なると火災が起こると言われてはいるが、燈華一人でその場に火を起こせるわけではない。線香花火のように毛先が光ることはあれど、それによって相手を攻撃することは不可能だ。
しかし、男はそんなことは知らない。目の前の妖怪が臨戦態勢になって火花を散らしたので一瞬怯んだ。こうなってしまえば、体格の良さなどもう関係ない。近くにいた男性数人が男を取り押さえる。その際に慌てた男によって鞄が投げ捨てられる形になってしまい、蓋が開いて中身が飛び出した。筆記用具や、本、雑草の花束などが地面に転がった。皆が拾ってやり、女の子は涙を拭って礼を言う。
そして、巡査が到着したのと同じタイミングで女の子の迎えが現れた。気品のあるおじいさんが女の子に恭しく手を差し伸べる。
「千冬様、こんなところに。ご無事でしたか」
「じいや! うん、大丈夫だよ。鞄も、ほら!」
「よかった。車は向こうで待っています」
「分かった。妖怪のお姉さん、ありがとう」
燈華に小さく手を振って、女の子はおじいさんに手を引かれて去って行った。
「……お嬢様だったのかな。ん?」
ふと、何かが落ちていることに気が付き目を向ける。見ると、どうやら懐中時計のようだった。『深水千冬』と記名がある。
「この名前さっき呼ばれていた……。これ、あの子のだ」
鞄の中身が辺りに広がってしまった時、拾い忘れたのだろう。燈華は鎖の部分を咥えて懐中時計を拾い上げる。
あの子に届けてあげないと。ところが、女の子の姿はもう見当たらなくなっていた。車があるという話だったため、もう遠くへ行ってしまったのかもしれない。
女の子がどちらへ帰ったのか分からないので、燈華は懐中時計を咥えたままたくさん寄り道をしながら帰宅した。交番に届ければよかったなと気が付いたのは、すっかり夜になってからである。

