「あら、先生いらっしゃい」
「やあ、何か面白そうな反物は入っているかな」
客の男の声に燈華は顔を上げた。来店したのは背広姿の優男である。カンカン帽の影から切れ長の目がこちらを見ている。一見すると人間だが、彼もまた本性は毛むくじゃらの妖怪だ。手指を自由に使える妖怪を対象にした学校で教鞭を振るう彼は、街一番の神社で代々神職を務めている一族の狐である。元々は妖怪という呼ばれ方ではなかったはずだと一族は語るが、他称も自称も妖怪になって久しい。
母が最近仕入れた反物を取りに棚の方へ向かう。燈華は近くにあった人形を自分の代わりとして弟に渡し、店頭に顔を出した。
「先生、こんにちは」
「こんにちは燈華さん」
「今日は先生の授業お休みなんですね。妹が今朝機嫌がよかったのはそのせいか」
「嫌われているようだよね、私の数学。君も……君も学校に来られれば良いのだけれど」
「仕方のないことです、私はペンを持てないので。勉強は妹に任せて、家のことを頑張っています。あの、先生、質問があるんですが」
「はい、どうぞ」
教室で手を挙げて先生に当てられたようで、燈華はちょっぴり嬉しい気分になった。
「河童は人間に化けるのが上手なんでしょうか?」
「河童?」
「はい」
「私はあまり河童が化けるという話は聞いたことがないな。二足歩行で手も自由に使える河童が、微々たるものとはいえわざわざ妖力を割いて人間に化ける必要なんてないからね」
「そうですか……」
先生は母が持って来た反物をいくつか並べて見比べる。花の柄や、風景の柄や、動物の柄など様々だ。
「私、この間見たんです。水から上がった妖怪が人間の姿に化けるところを。泳ぎが得意だったから河童なのかなと思って」
「河童はこういう海辺の街ではなくて、もっと内陸の川の傍に暮らしているのではないのかな。この辺で見たことはないよ。観光客ならいるかもしれないけれど……。その人に甲羅や嘴はあった?」
「いえ。水かきのある手はありましたが」
「それじゃあ河童ではないかもね。何だろう」
では、自分が目撃したものは何だったのだろう。燈華は青年の特徴を思い出す。自分の知っている妖怪で、あの青年の特徴が当てはまるものは思いつかない。知らない河童だと思ったが、河童ではないらしい。
色々な物事に詳しい先生に訊ねてみたが燈華の疑問は解決しなかった。そして今日は特に気になるものはなかったのか、先生は「また来るよ」と言って去って行った。母が反物を棚に戻し、燈華は弟の元へ戻る。
「やあ、何か面白そうな反物は入っているかな」
客の男の声に燈華は顔を上げた。来店したのは背広姿の優男である。カンカン帽の影から切れ長の目がこちらを見ている。一見すると人間だが、彼もまた本性は毛むくじゃらの妖怪だ。手指を自由に使える妖怪を対象にした学校で教鞭を振るう彼は、街一番の神社で代々神職を務めている一族の狐である。元々は妖怪という呼ばれ方ではなかったはずだと一族は語るが、他称も自称も妖怪になって久しい。
母が最近仕入れた反物を取りに棚の方へ向かう。燈華は近くにあった人形を自分の代わりとして弟に渡し、店頭に顔を出した。
「先生、こんにちは」
「こんにちは燈華さん」
「今日は先生の授業お休みなんですね。妹が今朝機嫌がよかったのはそのせいか」
「嫌われているようだよね、私の数学。君も……君も学校に来られれば良いのだけれど」
「仕方のないことです、私はペンを持てないので。勉強は妹に任せて、家のことを頑張っています。あの、先生、質問があるんですが」
「はい、どうぞ」
教室で手を挙げて先生に当てられたようで、燈華はちょっぴり嬉しい気分になった。
「河童は人間に化けるのが上手なんでしょうか?」
「河童?」
「はい」
「私はあまり河童が化けるという話は聞いたことがないな。二足歩行で手も自由に使える河童が、微々たるものとはいえわざわざ妖力を割いて人間に化ける必要なんてないからね」
「そうですか……」
先生は母が持って来た反物をいくつか並べて見比べる。花の柄や、風景の柄や、動物の柄など様々だ。
「私、この間見たんです。水から上がった妖怪が人間の姿に化けるところを。泳ぎが得意だったから河童なのかなと思って」
「河童はこういう海辺の街ではなくて、もっと内陸の川の傍に暮らしているのではないのかな。この辺で見たことはないよ。観光客ならいるかもしれないけれど……。その人に甲羅や嘴はあった?」
「いえ。水かきのある手はありましたが」
「それじゃあ河童ではないかもね。何だろう」
では、自分が目撃したものは何だったのだろう。燈華は青年の特徴を思い出す。自分の知っている妖怪で、あの青年の特徴が当てはまるものは思いつかない。知らない河童だと思ったが、河童ではないらしい。
色々な物事に詳しい先生に訊ねてみたが燈華の疑問は解決しなかった。そして今日は特に気になるものはなかったのか、先生は「また来るよ」と言って去って行った。母が反物を棚に戻し、燈華は弟の元へ戻る。