雪が降り積もる運河沿いの通りを一匹の鼬が歩いていた。
 冬の雫浜。往来の人々は皆外套を着込み、マフラーを巻いたり、帽子を被ったり、手袋をしたり。獣や器物の姿の妖怪達も、その体の適当なところに防寒具を身に着けていた。てくてくと歩く鼬も、桃色のマフラーを首に巻いている。
 目的地は路面電車の電停だった。渋い色をした電車が停まっているのが見え、燈華は自然と駆け足になった。電車から降り立った青年の姿を見てさらに足取りが弾む。

「雪成さん」
「やあ」

 家の者の目を盗み、塀の穴から外へ出て来た雪成。袴姿の上にとんびを羽織り、帽子を深く被ってマフラーはぐるぐる巻き、足元はブーツである。
 喜ぶ獣が無意識にステップを踏んでいるのを眺めながら、雪成は懐中時計を手に取った。兄妹三人で同じデザインのものを持っている懐中時計だ。

「三十分したら帰るから。使用人に気が付かれないうちに」
「分かったわ」

 週に一度、燈華は深水邸を訪れた。そして月に一度、雪成は燈華の元を訪れた。屋敷を抜け出して街を訪れることはこれまでもあったが、燈華と一緒だと楽しいと雪成は語る。そう言われて、燈華は尻尾を爆発させた。

「今日はどこへ行くの」
「図書館で本を読みたい」
「それじゃあ、こっちね」

 燈華の案内で、二人は図書館を目指して歩き出した。
 友達になってくれと、燈華は雪成に言った。その時の返事はもらえていない。あの時、雪成はただ黙って燈華のことを撫で回した。今はそれでも十分だと思っていた。こうして共に過ごす時間を楽しんでいれば、いずれ二人の関係はより深いものへと変わって行くかもしれない。隣を歩く雪成を見上げると、その顔はマフラーで覆われていて下からはよく見えなかった。

「……君。君はああいうのは好かないか?」

 雪成が立ち止まる。指し示しているのはハイカラなアクセサリーを扱っている店だった。

「俺はいつも君にものをもらってばかりだから、たまには俺から君に何か贈ろう」
「えっ、でも、高いよ」
「安いのもあるみたいだし……それに俺は一応半分くらい御曹司だから大丈夫」

 そう言って雪成は燈華のことをひょいと抱き上げた。目の高さが変わったことで見えた店の表の棚には、比較的安価なものが置かれていた。頑張ってお小遣いを貯めれば子供でも買えそうなものもある。
 色々と目を通して、燈華は一つの耳飾りに目を留めた。『獣の耳でも付けられます』というメモが添えられている籠の中に入っている、撫子を模したものだ。

「かわいい」
「これがいいのか。……すみませーん、これください」

 購入して早速左耳に着けてみる。鏡を見ると笑顔の自分が映っていた。

「どうかな」
「かわいいよ、燈華」

 次に鏡に映ったのは笑い合う二人の姿。
 寒空の下、二人の間には暖かなものが芽生えつつあった。