それは相手も燈華のことが好きなんじゃないか。海岸を一緒に散歩している時に、茉莉が言った。まさか、と燈華は否定する。彼はきっと、私のことをただのもふもふの動物として気に入っているだけだ。
週に一度、燈華は深水邸を訪れるようになった。
迷い込んだ野良猫のように離れを訪ねて、他愛もない話をしたり絵を描いている雪成を眺めたりした。雪成は燈華のことを特別気にしているような素振りはせず、絵を描いている時などはほとんど放置していた。それでも、彼の近くにいられるだけで燈華は楽しい気持ちになった。けれど、自分の中でぐるぐると動く彼に対しての気持ちが一体何なのかは、まだよく分からなかった。
やっぱり恋なのかしら。でも、こんな獣に恋をされたら迷惑かしら。毎日彼のことを考えながら、一緒にいる時間の増えた日々を過ごす。
「雪成さん」
「何」
「私達って……お友達?」
雪成はキャンバスから顔を上げる。顔は上げたが、視線の先は庭だ。葉がすっかり落ちた晩秋の木々がキャンバスに描かれている。
「顔見知り」
「そ、そっか……」
「俺達は偶然都合のいい時間が合致して、偶然顔を合わせることができているだけ。ただの顔見知り」
「そう、ね……」
「困るだろう、君も。俺みたいな厄介な事情のやつと友達なんかになったら。誰かに知られたら面倒臭いことになりかねない」
そんなことはない。言おうとしたが、言えなかった。燈華は畳に丸くなりながら膨れっ面になる。言いたいことを言えない自分がもどかしかったし、雪成がこちらを全く見ずに答えたのがちょっぴり悔しかった。彼の関心は絵に向いている。
雪成は優しいが、時折突き放すような態度を取る。これ以上は近付かないでくれという警告のようだった。
雪成の背中とキャンバス越しに燈華は庭を見た。冷たい風が吹いている。秋ももうすぐ終わりである。
「冬になったら何を描くの? 雪が積もったら真っ白でしょう? 縁側にいたら寒くなるでしょうし」
「冬は屋内で静物画を描くことが多い。年末年始になれば弟が帰って来るから、いつも通りならその時にモデルになりそうな置物とかを買って来てくれるはずだ」
「弟さんもいるんだ」
「……あぁ。帝都の学校に通う、深水家の優秀な跡取りだ。俺がこんなんだから、全部背負わせて申し訳ないと思っている。あいつはよく頑張っているよ」
弟と妹は、雪成のことを体が弱いのだと信じ込んでいる。だから妹は時折、お見舞いのつもりで長兄に小さな花を摘んで来た。雪成の母親のことを知っているのは、父と義母と一部の使用人だけである。
週に一度、燈華は深水邸を訪れるようになった。
迷い込んだ野良猫のように離れを訪ねて、他愛もない話をしたり絵を描いている雪成を眺めたりした。雪成は燈華のことを特別気にしているような素振りはせず、絵を描いている時などはほとんど放置していた。それでも、彼の近くにいられるだけで燈華は楽しい気持ちになった。けれど、自分の中でぐるぐると動く彼に対しての気持ちが一体何なのかは、まだよく分からなかった。
やっぱり恋なのかしら。でも、こんな獣に恋をされたら迷惑かしら。毎日彼のことを考えながら、一緒にいる時間の増えた日々を過ごす。
「雪成さん」
「何」
「私達って……お友達?」
雪成はキャンバスから顔を上げる。顔は上げたが、視線の先は庭だ。葉がすっかり落ちた晩秋の木々がキャンバスに描かれている。
「顔見知り」
「そ、そっか……」
「俺達は偶然都合のいい時間が合致して、偶然顔を合わせることができているだけ。ただの顔見知り」
「そう、ね……」
「困るだろう、君も。俺みたいな厄介な事情のやつと友達なんかになったら。誰かに知られたら面倒臭いことになりかねない」
そんなことはない。言おうとしたが、言えなかった。燈華は畳に丸くなりながら膨れっ面になる。言いたいことを言えない自分がもどかしかったし、雪成がこちらを全く見ずに答えたのがちょっぴり悔しかった。彼の関心は絵に向いている。
雪成は優しいが、時折突き放すような態度を取る。これ以上は近付かないでくれという警告のようだった。
雪成の背中とキャンバス越しに燈華は庭を見た。冷たい風が吹いている。秋ももうすぐ終わりである。
「冬になったら何を描くの? 雪が積もったら真っ白でしょう? 縁側にいたら寒くなるでしょうし」
「冬は屋内で静物画を描くことが多い。年末年始になれば弟が帰って来るから、いつも通りならその時にモデルになりそうな置物とかを買って来てくれるはずだ」
「弟さんもいるんだ」
「……あぁ。帝都の学校に通う、深水家の優秀な跡取りだ。俺がこんなんだから、全部背負わせて申し訳ないと思っている。あいつはよく頑張っているよ」
弟と妹は、雪成のことを体が弱いのだと信じ込んでいる。だから妹は時折、お見舞いのつもりで長兄に小さな花を摘んで来た。雪成の母親のことを知っているのは、父と義母と一部の使用人だけである。