灯火と人魚【短編版】

 茉莉はミルクセーキを一口飲んでから小さく溜息を吐いた。いつも悩みなどなさそうな雰囲気で楽しそうにしている茉莉にしては珍しい様子に、燈華はクリームソーダを飲んでいた顔を上げる。

「茉莉、何かあったの」
「何もなくて悩んでいるの」
「……どういうこと?」

 茉莉はミルクセーキの入ったグラスを弄ぶ。氷が小さく音を立て、グラスの外側に付いた水滴が静かに伝う。

「学校の先輩に、手紙を出したんだ。人間に化けた姿も、本来の姿もとてもかっこいい(むじな)の先輩がいて」
「へえ」
「でも、返事がないの。先輩良家のお坊ちゃまで女の子にモテるから、わたしなんかの手紙は読んでくれなかったのかな」
「茉莉はその貉の先輩が好きなんだ」
「ん、好きというか、憧れに近い感じもするんだけど……。とにかくお近付きになりたくて」

 人間の学校は十代頃になると男女で別れるものも多いが、妖怪のみが通う学校は年齢も性別も関係なく一緒である。なぜなら、わざわざ学校に通う妖怪は人間に比べると少ないうえ、種によって外見年齢と実年齢と精神年齢が異なることもあるからだ。とはいえ、基本的には上の学年ほど実年齢が上の者が多く、同じ年頃の者が同じ学年に在籍している。
 茉莉が憧れているのは学年が二つ上の貉だった。家柄も良く眉目秀麗、成績優秀で人間の学校へ編入してもやっていけるとも言われているそうだ。そう言われても、燈華には学校の人気者の姿を想像するのは難しい。こんな感じかなとなんとなく思い浮かべるが、おそらく違う。

「声をかけるのが恥ずかしくて、思いを手紙にしたためて送ったの。でも先輩の下駄箱いつも手紙でいっぱいで」
「それはすごいね」
「もっとたくさん手紙を出すべきなのかな、それとも思い切って話しかけるべきなのかしら。恋か憧れか分からないけど、こういうのは初めてだからどうするべきか分からなくて」

 親友のお悩み相談。力になってあげたいが燈華は上手く返してやれる自信が全くない。茉莉は先輩の姿を適当な空中に描きながら、ほのかに頬を染めた。

「先輩のことばかり考えちゃうんだ。廊下で見かけたらどきどきしちゃって。先輩を思い浮かべるだけでわくわくしちゃう。もしお話なんてできたら、わたしきっと全身の毛が爆発するわ」
「……へぇ」
「燈華はそういう相手いないの?」
「私はそういう人はいない……」

 言い切る前に、激流のような勢いで雪成の姿が大量に脳裏に浮かんだ。ぼん、と尻尾の毛が広がる。

「燈華……?」
「い、いない。いないいない。いない」
「えっ! もしかしているの」
「いいいいない! いな、いないな」

 なぜ、今このタイミングで雪成のことを考えてしまったのだろう。自分はどうしてしまったのだろう。燈華は目を回しながら、誤魔化すようにクリームソーダを飲んだ。