最近燈華は随分と張り切っているようだな、と父が笑った。深水家を訪れた翌日から、燈華は店の手伝いにいつもより気合を入れて取り組んでいた。とにかくお金が欲しい。その一心で。
 まず、坂の上のお屋敷まで行くのに交通費がかかる。次に、雪成が所望したお菓子を購入するための費用が必要だった。それも、しばらく自分の買い物を我慢しなければならないくらい。
 雪ノ宮国内にいくつかの店を構える菓子店、八百美堂。その本店が雫浜にある。雪ノ宮で古くから食べられている菓子に加え、異国から伝わったハイカラな菓子も取り扱う器用な店である。店に並ぶ菓子はどれも芸術品のように美しく、その見た目相応の値段を付けられていた。清原呉服店でも特別なお客様にお出しするために購入することはあるが、普段のおやつとして食べられるようなものではなかった。

「お煎餅とかお饅頭かと思ったのに!」

 それなら、近所の庶民でも買える店で買えたのに。燈華は貯金箱代わりにしている大福の空箱を開ける。団子を買えるくらいの金額はあるが、異国より伝わりしふわふわのシュークリームを買う分にはまだまだ足りなかった。
 無茶なことを言う男だ。こんな頼みを聞いてやれるものか。一瞬そんな思いが過るが、やはり命の恩人への礼は己のできる限りのことを尽くして行うべきなのではという思考に上塗りされる。そして何より、お礼の菓子を持って行くことは彼に会う口実にできた。
 助けてくれた人。綺麗な人。お金持ちの人。不思議な人。少し寂しそうな人。燈華は雪成のことを考えない日がなかった。なぜこれほどまでに彼に夢中になってしまうのか、自分では分からなかった。この気持ちは、何なのだろう。尻尾の先がちりちりと火の粉を散らして、細い煙を昇らせた。
 ある日のこと。
 燈華は親友に誘われて喫茶店を訪れていた。買いたいものがあってお金を貯めているので外で飲食をする余裕がないと言うと、気前のいい親友は奢るよと一言。

「今日は燈華に話を聞いてもらいたくて。拘束することになるんだからわたしがお金を出すよ」
「本当に何を頼んでもいいの?」
「うん」

 好きにしていいと言いつつも、彼女は財布の中とメニューを見比べていた。大きなリボンを頭に付けて、袴を穿いた学生の姿をしている燈華の親友・茉莉(まつり)。その本性は(かわうそ)であり、漁船をいくつか所有している紫藤(しどう)家の娘だ。燈華とは同い年の幼馴染で、学校では妹の先輩である。
 女給に注文を伝えて間もなく、二人の前にはクリームソーダとミルクセーキが運ばれて来た。テーブルに前足を載せて椅子から立ち上がり、燈華はクリームソーダに載っているアイスクリームを舐めた。