池付きの庭がある、離れ。渡り廊下などはなく、
周囲は背の高い生垣で覆われ、離れているというよりも隔離しているといった印象だった。
 青年は一番広い部屋で燈華のことを畳に下ろす。庭に面した縁側のある部屋は、ほんのり絵の具の匂いがした。

「あ、あの……」
「外で話をされても困るから」
「えっと……」
「俺は雪成。……深水、雪成だ」
「き、清原燈華です」
「そう」

 雪成と名乗った青年は燈華と向き合って座る。

「訊きたいことあるんでしょ。言えば」
「ん……。貴方は、あの日、私を助けてくれた人でしょう?」
「そうだ」
「あの時……。貴方の手は人間のものじゃなかった。人間に化けるのが上手な妖怪なんだと思った。でも、この家の人なんでしょう?」
「そうだ」
「それじゃあ、深水家は本当は妖怪の家だったってこと」
「それは違う」

 雪成ははっきりと否定した。では、どういうことなのか。燈華が見上げると、雪成は視線を逸らす。
 雪成の視線の先へ目を向けると、開けられた障子の向こうに広がる庭が見えた。石で囲まれた池には不自然なくらい水草がなく、鯉や鮒がいるわけでもない。どちらかというと、プールに近いような代物である。

「雫浜で強大な力を振るう深水家が妖怪だなんてそんなことがあってたまるか。力を持つ者が人間でも妖怪でもそれはどちらでもいいが、それが正体を隠しているのなら悪質だろう。この家に住んでいるのは人間だ。……俺も、人間だ」
「でも……」
「人間の、はずだ……。深水雪成は、人間だ」

 雪成は自分に言い聞かせるように言う。庭を見ている横顔には諦念にも苦悩にも見える色が浮かんでいた。
 燈華を運河で助けてくれた時、雪成は人間の姿ではなかった。それは燈華の見間違いなどではないはずだった。彼の手には確かに水かきがあったし、髪や目の雰囲気も異なっていた。人間に化けている水妖なのかと思ったが、本人は深水家の人間だと言う。
 貴方は一体何者? なんて不躾に訊いてもいいのだろうか。燈華は庭を眺める雪成のことを見上げる。謎の青年、深水雪成。燈華に分かることは、彼の容姿が美しいということだけ。いつまでも見ていたいと思うが、ずっと見ていたらなんだか自分の挙動がおかしくなってしまいそうな気がした。
 離れの戸を叩く音がする。

「雪成様。ご友人とお話されるのは良いことですが、あまり長時間お話されていてはお体に障りますよ」

 先程の使用人の男性の声である。

「あぁ、分かっている。今お帰りになるところだ」
「貴方、もしかして体が弱いの」
「……そういうことになっている」

 再びひょいと燈華を抱え上げ、雪成は離れを出た。玄関のところにいた使用人の男性に懐中時計を渡す。

「彼女が拾ってくれたそうだ。千冬に渡しておいてくれ」
「かしこまりました」