侍女の仕事とは? なんて考えていられないくらい情報入力が終わらない。

 さすがに夜は眠らせてくれるけど、朝から晩まで入力の拷問だわ。

「よく手書きでやってましたよね」

 ボタンを押すだけね作業で四苦八苦してるのに、文字で書き留めるなど悪夢でしかないわ。

「わたしとしたら一年分の記録を一日で入力してるあなたに言いたいけどね」

 もう八日もやっているのだから慣れると言うもの。それでも過去八年しか進んでない。まだ三十年くらいあるのに……。

「少し休憩しましょうか」

 おば様も重要な入力をしており、肌の張りがなくなるほど疲労していた。

 侍女長様がお茶を入れてくれ、異次元屋から買ったチョコレートクッキーを出してくれた。

「奥様。もう四台パソコンを買って使える者を増やしたほうがよろしいと思いますよ」

 わたしがあと三人いれば数日で終わるでしょうが、この先ずっと入力な生活などごめんよ。入力専門の文官を育てもらわないと逃げ出してしまいそうだわ。

「人選はしているのだけれど、異世界語が難しくて苦戦しているのよ。ミアもなかなか覚えられてないようだしね」

 まあ、普通にやっていたら何十年とかかるでしょうよ。

「では、タイプライターを作ってもらってはどうでしょうか?」

「タイプライター? それはなんなの?」

「パソコンの初期のものです。異次元屋で見たことがありますが、あれなら少し改造すればこちらの文字に切り替えられて、書くより速いと思います。ただ、改造にいくらかかるかわかりませんが?」

 あれなら数日で覚えられると思うわ。まあ、紙の消費は格段と上がるでしょうがね。

「異世界の技術を導入する決まりは知っているでしょう?」

 個人で使うなら許されるけど、歴史を変えそうなものは導入できない。って決まりがあるのは知っている。

 ちなみにパソコンは真似ようとも真似られる技術ではないので、導入したところで問題ないらしいわ。廃棄するときは原型を止めないくらい破壊する決まりはあるけどね。

「タイプライターは、あちらの世界で百年前のものらしいですし、こちらの技術でも作れるんじゃないかとリュージさんに聞いたことがあります。職人を集めて構造を学ばせ、十年後辺りに発明したことにすればよろしいかと。それまでは侯爵家で秘匿すれば自然に発明されたことになるはずです」

 どこの世界も似たような歴史、似たような技術が生まれるともリュージさんは言っていた。なら、この世界でもタイプライターが発明されたとしても不思議ではないわ。

「発明家とかいれば尚さらいいかもしれませんね」

 発明家と名乗っている者が生み出したものなら世間も受け入れやすいでしょうし、後世の歴史家も納得するでしょうよ。

「また仕事が増えそうね」

「数年後、仕事が減るならやるべきだと思います」

 数年後も入力してる未来なんて嫌だわ。

「メアリ。少し席を空けるわ」

「はい。畏まりました」

 スマホを出して異次元屋へと向かうおば様。がんばって交渉してきてください。

「侍女長様。わたしも席を外します」

「わかりました」

 許可を得て部屋を出てお風呂場へと向かった。

 お風呂場には下女がいて、わたしのに気がつくと掃除を中断して迎えてくれた。

「少し水浴びをさせてもらいますね」

 自分の部屋だと片付けが面倒なのよね。

 一日二度きてるので、下女たちは一礼して自分たちの仕事を再開させた。

 すっきりさっぱりさせて執務室へと戻ると、タイプライターが二台ほど置いてあった。こちらの世界の文字のタイプライターが。

「やはり魔術結社は、この世界のことを調べ尽くしていたようですね」

 この世界の文字のタイプライターがあると言うことは、百年も前から本を写生していたと言うことだ。

「そろそろ印刷技術を投入して欲しいと言われたわ」

 写生するのも疲れたから印刷技術を広めて量産した本を寄越せ、ってことなんでしょうね。ほんと、油断ならない組織よね……。

「ロブの仕事も増えそうね」

 印刷技術は歴史を、世界を一変させると言う。古い技術を廃して新しい技術を取り入れる。いろいろ不満や不安、問題を生み出すでしょうね。それを解決しなくちゃならないおじ様に同情を禁じ得ないわ。

「メアリ。ラディアとシューリを呼んでちょうだい」

「畏まりました」

 侍女長様が一礼し、執務室を退室。しばらくして侍女を二人連れてきた。

 どちらもおば様つきの侍女で、わたしと同じくらいの歳だ。

「二人は蕾の会を出ていて、わたしの仕事を手伝わせているわ」

 おば様、本当に執務仕事を侍女の仕事にしてたのね。

「読み書き計算は標準よりできる子たちよ。二人にタイプライターの使い方を教えてちょうだい。しばらくあなたの下におくから」

 おば様やおじ様だけじゃくわたしも仕事が増えました!

「仕事を減らすためによろしくね」

「……畏まりました……」

 侍女になったことを少し後悔しながら二人にタイプライターの使い方を教え、また入力作業も続けることとなりました。ハァ~。