わたしはタダの侍女ではありません

 ──ガルズ視点。

「どうであった?」

 シャーリー嬢が部屋へと下がり、一同を男爵の執務部屋に集めた。

 男爵とその夫人、わたしと妻、あと、シャーリー嬢を部屋と案内した妻の側近とも言える侍女長だ。

「なんと言いますか、不思議なお嬢さんでしたね」

 最初に口を開いたのは男爵夫人だ。大人しそうな見た目ではあるが、観察眼は妻も一目を置いている。我らには見えないものも見えているのだろう。

「そうね。若い娘を国外に出すくらいなのですから並みではないはずです。ですが、やはり、なんと言うか、世間とずれたところがあるように思えます」

 妻も男爵夫人と似た感想のようだ。

「ザンバドリ侯爵家、と言うのが判断を難しくさせているな」

 カルビラス王国を何十年と支えて来たザンバドリ侯爵家。その影響力は周辺国にも及ぶ。今回の大使団もザンバドリ侯爵家の長男と第二王女の婚礼参加が主である。

「薄紫の髪、あれはシャルニアート王国に多い髪ですよね?」

「ええ。ですが、毛先が濃い紫です。染めてる様子もなかったですし、地毛だとすると特殊な血筋ではないでしょうか?」

 珍しい髪の色だとは思ったが、妻が言ったようにシャルニアート王国とも交易はしているし、流れて来る者もいる。わたしも薄紫の髪は見た記憶がある。

「特殊な血筋は間違いないだろうな。領域回復できる魔力など聖女級だ。本人は力技だと言ってたがな」

 回復魔法を力技だと言い切る者を初めて見た。教会の者が聞いたら憤慨することだろうよ。

「一人で旅をしているのだから、回復魔法だけではないでしょうな」

 だろうな。ここまでなにで来たかわからないが、なにも起こらず来れるほど安全な道程ではない。騎士や兵士に護衛された我々ですら魔物の襲撃を受けてるのだからな。

「あの、シャーリー嬢が腰に下げていたもの、武器であろうな」

 なんであるかはわからないが、手に持つものだった。

「ですな。抜きやすそうな位置にありましたし」

 今は恰幅がよい姿だが、若い頃は軍に所属していた男爵だ。なんであるかわからなくても武器であることは位置でわかるのだろう。

「ただ、戦いに慣れた感じはしませんでしたな」

 凄みもなく隠している気配もない。常に自然体でいて、こちらをまったく警戒していなかった。

「どう言う立場なんだか……」

 隠密ならもっと隠すだろう。なのに、シャーリー嬢はあるがままを出している。それがまた判断を難しくするのだ。

 身なりや立ち振舞い、口調から貴族並みの教育を受けていることはわかる。が、令嬢の教育ではないのもわかる。いったいどんな家に生まれ、どう育てたらああなるのやら?

「なんにせよ、シャーリー嬢はザンバドリ侯爵家と繋がりがあるのは間違いないないだろう」

 証拠を持っていたわけではないが、彼女の言葉に偽りはない。言葉の端々に侯爵との繋がりの強さを感じるのだ。

「そうですな。あの領域回復だけ見てもただの主従関係と思えない」

「ええ。かなり強い繋がりがあるか、関係の近いところにいると思います」

「わたしも同意見です」

 男爵、男爵夫人、妻の意見は一致した。

「となると、どう接するかだな」

 侯爵家との繋がりが強いが、シャーリー嬢は侍女と言っている。侯爵家に仕えている。

 こちらは外国の者で大使団だ。侍女相手に令嬢扱いをしてはサンビレス王国としての面子にもかかわる。

 だからと言って完全に侍女扱いは不味い。不当に扱うのもダメだ。ザンバドリ侯爵家を敵にはできないのだから。

「兵士たちを回復してくれたのですから客人として扱うのではいいのでは?」

 と、妻が口にした。

「それがよいかと。ただ、仲を深めるためにも侍女と一緒にさせるのがよいと思います」

 とは男爵夫人。女性のことは女性に任せたほうがよいのかもしれんな。

「では、シャーリー嬢のことはアリータに任せる。上手く仲を繋いでくれ。わたしもできる限りのことはするから」

「はい。お任せください」

 今はこれが精々か。まったく、カルビラス王国に入る前にこれとはな。運が良いと思い努力するしかないか……。

「出発までよろしく頼む」

 全員が力強く頷いた。

 さて。わたしもやれることをやるとしようか。
「はぁ~。なんか疲れた」

 部屋へ案内してくれた侍女のレーラさんが消えて、一人になったらベッドに倒れ込んだ。

「さすが男爵家のベッド。冒険者相手の宿とは違うわ」

 城のベッドには落ちるけど、最低を知って最高を知った感じね。

「……このまま寝ちゃいそう……」

 そんな誘惑に負けてしまいそうになるが、さすがに昼間から寝ると言うのははしたないわよね。あの女、昼間から寝てるんだぜ、とか思われるのも嫌だし。

 気合いを入れてベッドから起き上がる。

 旅用の服から城で着ていた私服へと着替える。旅用ではゆっくりできないからね。

 レーラさんが夜までゆっくりしてくださいと言ってたから、夜までは誰も来ないでしょうと、異次元屋で買ったインスタントココアとカップ……がない。

「……買うの忘れた……」

 あれだけ酷い目に合ったのにまだ城にいる感覚でいる自分に情けなくなる。もう泣きたい……。

「なんて頭を抱えててもしょうがないわね」

 泣いて事態が変わるならいくらでも泣くけど、変わらないのなら動くしかないわ。

「買い物にでかけましょうか」

 お金は充分にある。出発前に必要なものを揃えておきましょうかね。

「着替えは……いっか。面倒だし」

 町の中なら魔物も襲って来ることもないでしょうし、暴漢の一人や二人なんとかなる。まだ魔力は十二分にあるしね。

 旅用の服からお金が入った小袋を出し、普段着の異空間ポケットへと入れる。

「今度から異空間ポケットにも入れておかないとダメね」
 
 前にスカートの横にあるポケットを異空間化させて物を入れてたんだけど、城で暮らしていると必要なものは決まった場所に置いておくほうが楽で、自然と異空間ポケットは空になっちゃったのよね。

 部屋から出ると、年配の侍女さんが立っていた。

「どうかなさいましたか?」

 それはこちらが聞きたいですが、他家の仕事に口出すのも失礼かと笑顔を見せた。

「旅に足りないものを買いに出て来ますね」

「少しお待ちください。主に連絡して来ますので」
 
 と、部屋へと戻された。なぜに?

 なにがなにやらわからないでいると、ガルズ様たちがやって来た。

「シャーリー嬢、買い物に出たいとか聞いたが?」

「え、あ、はい。足りないものがありましたので」

 いったい何事よ? なにか一大事でも起こったような勢いですけど……。

「そ、そうですか。わかりました。ルイドフィーを呼べ」

 と、銀髪の若い騎士様が現れた。

「ルイドフィー。シャーリー嬢の護衛をしろ」

「はっ。シャーリー嬢。ルイドフィー・マイジオと申します。よろしくお願いします」

 二十代前半かしら? 騎士としての威厳や雰囲気はなく、どこか役者っぽい感じね。

「あ、はい。シャルロット・マルディックと申します。こちらこそよろしくお願いします」

 と、ルイドフィー様と兵士四人、そして、侍女のレーラさんと買い物に出かけることになってしまった。え? なんなの、いったい?

「シャーリー嬢。どこへ向かいますか?」

「あ、えーと、雑貨など売っているお店にいこうかと思います」

「わかりました」

 なにが? と問う勇気もなく、レーラさんの指示のもとライヤード商会にやって来た。うん? え? なぜに?

「いらっしゃいませ、シャーリー嬢」

 中へ通され、魔法の指輪を売ったときと同じ部屋に招かれた。
 
 長椅子にわたしだけ座り、背後にルイドフィー様とレーラさんが控えている。ほんと、誰かこの状況を説明してくれないかしら?

「あ、はい。どうもです」

「今日はいかがなされましたか?」

 なにか当たり前のように受け入れているサナリオさん。これは当たり前のことなのですか?

「実は旅に必要な雑貨が欲しいと思いまして」

 わからないときは流れに身を任せるしかないと、笑顔で口にした。

「旅に必要な雑貨ですか。具体的にどのようなものですかな?」

 具体的に、か。

「そうですね。お茶の道具、料理の道具、裁縫道具、大きさの違う籠、衣装箱、布各種、あと、大きな盥が欲しいですね」

 急に言われると、それしか思い浮かばないわね。まあ、足りなければ途中の町で買い足せばいいでしょう。

「……それは、旅に必要なのですか?」

 なぜか首を傾げるサナリオさん。なにか変かしら?

「はい。必要です」

「わかりました。すぐに用意しましょう」

 用意? って、ライヤード商会はそれを全部扱ってるの? 何屋さんの、ここって?

「我が商会は男爵様御用達の商会です。我が商会が呼びかければ取り扱っている店がすぐ集まります」

 御用達か。それはおば様に聞いたことがあるわ。貴族は店にいくのではなく呼びつけると。

 わたしとしてはお店を見て回りたいのだけれど、男爵令嬢としての立場ならそうなるの、かな?

「とは言え、時間がかかるので、時間潰しに我が商会の商品を御覧になってはいかがでしょうか? 男爵家御用達としていろいろ取り寄せておりますよ」

 時間潰しか。まあ、お茶を飲む間に、ってわけじゃなさそうだし、遠慮なく見せていただきましょうか。

「それは楽しみです」

「ありがとうございます。では、すぐに用意致します」

 はいと答え、出されたお茶をいただきながら待つことにした。
 しばらくして店員さんが商品を運んで来てくれた。

 テーブルに並べられたものは、魔物の革の見本と水地《みずち》蜘蛛の毛糸。骨、革製品、魔道具などだ。

「我が商会は、貿易を主にしております。王都や各都市にも支店があり、大抵のものは取り寄せることができます」

 へ~。大きな商会なのね。カルビラス王国で言うルルオルン商会みたいなものかしらね?

「まあ、女性に興味があるものは少ないでしょうが、興味を引くものはありますか?」

 興味、ね~。あるとすれば魔石かしらね。

「魔石はこれだけですか?」

 爪先くらいの魔石を指差した。緑色からして巨人鬼かな? 

「ものは小さくなりますが、たくさんありますよ。ここは、冒険者の町ですので」

 魔物から取れる魔石は魔道具を動かす元となり、取引されてるとは聞いたことがあるけど、こんなちっぽけな魔力でなにを動かすのかしらね? 

 わたしの魔力はこれのうん千倍。魔道具なんていらないから想像もできないわ。

「あの、この魔石とこれで買える魔石をいただけませんか?」

 お金が入った小袋をテーブルに置いた。

「……差し支えがなければ、なにに使うか教えいただけますか?」

「知人が欲しがってたので、お土産にしようかと思いまして」

 と言うのはウソで、異次元屋に売ろうと思っている。

 魔石は長い年月をかけて固形化したもの。保存しておくにはちょうどよい状態とか。魔素のままだと保存しておくにも魔力を必要とするのだ。特に異次元屋の世界では魔力拡散現象と言うものがあり、溜めておくにも一苦労らしいわ。

 魔力は微々たるものでも魔石としての維持できるのなら欲しがるはず。まあ、ポイントも微々たるものでしょうけど、これから十年城の外で生きなくちゃならないのなら一ポイントでも貯めておくに越したことはないわ。

 ……お菓子のない人生なんて堪えられないわ……。

「そうですか。失礼なことを訊いてしまいました。すぐにご用意しますね」

 と、一抱えある箱で持って来た。え? 魔石って安いものなの?

「言い方は変ですが、ここは魔物の産地。他の都市に運ばれる前はとても安いのですよ」

 まあ、運ぶのも手間がかかるしね、あまりに高いと誰も買わなくなるか。

「そうなんですか。いい買い物ができてよかったです」

「もし、さらに必要な場合はガルズ様にお伝えください。カルビラス王国にも我が商会と親しくしている商会があります。魔石も卸しているのですぐに用意できますので」

「はい。そのときはお願いします」

 まだ異次元屋で買い取ってくれるかわからないし、おば様のところにいってから考えればいいか。

「失礼します。マンドル商会の方がお越しになりました」

「わかった。シャーリー嬢。他に興味のものはありますか?」

「いえ、ありません」

 旅に必要なのはなさそうだし。

 テーブルに並べられたものを素早く片付けられ、新たな人が荷物を抱えて部屋へと入って来た。

「急にすまないな。こちらはシャルロット・マルディック男爵令嬢だ。ご挨拶を」

 ん? 男爵令嬢としての紹介なの? なぜに? まあ、よくわからないときは流れに身を任せるのが一番ね。

「は、初めまして。マンドル商会が主、ノードと申します」

 なにやらお堅いご様子。もしかして、緊張してる?

「庶民を相手にしている商会なので、多少のご無礼はお許しくださいませ」

「今は侍女としての身。過度な敬いは必要ありませんよ」

 男爵令嬢扱いされても困る。なんちゃって男爵令嬢ですし。

「ありがとうございます。ノードさん。商品をお願いします」

 と、ノードさんがテーブルに出したのは布と裁縫道具だった。

「一流品とはいきませんが、良いものを持参しました」

 確かに質はよくないわね。けど、旅の間に使うには充分か。

「では、これとこれ、あと、この裁縫道具をお願いします」

 必要なものを選び出す。

「ありがとうございます!」

「こちらこそありがとうございます。いい買い物ができました」

 床につきそうな勢いで頭を下げてノードさんが部屋を出ていった。

「結構な量になってしまったわね」

 必要最低限に選んだとは言え、棚一つ分になってしまった。他にもあるのに凄い量になりそうだわ。持って帰れるかしら?

「すみません。量が凄いことになりそうなので一度戻って入れ物を持って来ます」

 こんなことなら鞄を持って来るんだった。わたし、考えなさすぎたわ。

「大丈夫ですよ。帰りは商会の者が運びますから」

「結構な量になりますけど……」

「先ほど言ったように男爵家御用達の商会。持たせて帰したら商会の恥ですよ」

 そう言うものなの? まあ、異空間に放り込むこともできるけど、それはおばあ様から人前ではするなと止められている。ここは、サナリオさんの言葉に甘えておきましょう。

「ありがとうございます。良い商会ですね」

 ルルオルン商会しか知らないけど、それと同じくらい優遇してくれてる。大きな商会はお客様を大事にするものなのね。

「そう言っていただけるなら誇らしいことです」

 運んでくれるのなら必要最低限と心配することはないわね。欲しいものがあったら遠慮なく買わせていただきましょうっと。
 旦那様が連れて来たシャルロット・マルディックと言う女性は不思議でしかなかった。

 本人によれば隣国にも名を轟かすザンバドリ侯爵家の侍女で、男爵令嬢だと言う。なんの証拠も身分証もないのに旦那様は真実だと思っているようだ。

 侍女として二十年務めているわたしの目からは侍女にも男爵令嬢にも見えなかった。では、どう見えたかと言われると……わからないとしか答えらない。これまで見たこともない女性なのだ。

 貴族並みの教養と洗練された動き。庶民では身につかない態度。身分の高い男性を前にしても動じない肝の太さ。なによりわからないのはその清潔さだ。

 わたしも奥様に仕え、髪や肌、衣服には心血を注いで来たが、旅の間にはどうしても限界がある。湯浴みも三日に一回。肌着は毎日洗いはしてるがドレスは晴れている日にしかできない。旅がこれほど大変だとは思わなかった。

 シャーリー嬢ほどではないが、清浄の魔法を使える侍女はいるものの効果は小さく、一日二回が精々だ。とてもシャーリー嬢のような清潔さは保てない。いったいどうしているのか聞きたいくらいだ。

 旦那様や奥様たちが集まり、シャーリー嬢は客人として扱うことが決まり、わたしが世話役としてつくようになりました。

 部屋へと案内し、部下に見張りに立たせると、その部下がシャーリー嬢が買い物に出たいと伝えて来た。

 すぐに旦那様や奥様に伝え、急いで護衛を組み、ライヤード商会に人を走らせ、わたしも同行してライヤード商会へと向かった。

「ナタリー。シャーリー嬢をよく観察しなさい」

 と、出かける前に奥様から指令を受けてしまった。趣味嗜好からなにを買うか、事細かく見るようにと。

 責任重大であるが、わたしもよくわからない者を旦那様や奥様に近づけることはしたくない。わたしを高く評価してくれ、重用してくれる主人のためにもシャーリー嬢を探ることを決意する。

 ライヤード商会へは歩きでいくことになった。出発準備が忙しく、男爵家の方々も手伝ってくださってたので人を出せなかったのだ。

 普通の男爵令嬢なら歩きなどしないし、言われたら取り止めるものだが、シャーリー嬢にそう告げたら「大変ですね」と言われて、歩きでいくことをなんら不思議ではないと思っている様子だった。

 女一人で旅をしている言ってたので、歩きにはなんの抵抗もないのでしょうが、そもそも女一人で、それも侍女が国外に出ることが意味不明だわ。

 ライヤード商会へは兵士一人が先頭に立ち、シャーリー嬢の横にルイドフィー様。その後ろにわたし。最後尾に兵士三人だ。

 向かう途中のシャーリー嬢は自然体だ。戦いのことはわかりませんが、女一人で旅をしているのだから戦う術はあるのでしょう。今日は服が違うが、武器を持っていた。おそらく、魔法も使えるのでしょう。回復魔法が尋常ではないし。

 それに、ルイドフィー様に一切目を向けないのが驚きだ。

 ルイドフィー様は家柄的にも騎士としての働きでも女性受けするのに、さらに顔も女性受けする作りだ。わたしもあと十歳若ければ恋に落ちていただろう。

 なのに、シャーリー嬢は無視だ。いや、それは言いすぎね。興味がないと言うべきか。美醜の区別ができないのかと疑うくらいだ。

 ルイドフィー様はそんなシャーリー嬢に興味を示しているようだが、シャーリー嬢は軽く流している──どころか眼中にないって感じね。

 ……色男もシャーリー嬢の前では形無しね……。

 ライヤード商会に着き、部屋に案内されたが、シャーリー嬢は背後に控えるわたしたちに眉をしかめた。

 まあ、そうだろう。わたしも同じことされたら戸惑うばかり。恐れ多いと逃げ出すところだわ。

 こちらがなにも言わないので、仕方がなく席に座った。堂々と。

 ……男爵令嬢かはわからないけど、上の立場として立ったことがあるなは間違いないわね……。

 地方の支店長とは言え、ギャレーはライヤード商会でも重要な地。ダイグン男爵と繋がりを持つために優秀な者が送られる。

 こちらがシャーリー嬢を理解するようにサナリオ様もシャーリー嬢を理解するために商会の商品を出して来た。

 いろいろある中でシャーリー嬢が興味を示したのが魔石だ。

 魔石は魔道具を動かすものに必要であるが、使うためには魔道具に合わせるために加工が必要で、そのままでは使えないし、魔石単体では安いものだ。

 なのに、シャーリー嬢は買えるだけ買った。量の多さに驚いたものの、すべてを受け取った。

 なにに使うかはわからないが、ライヤード商会としてはシャーリー嬢との繋がりが得たことに喜んでいることでしょう。聖印が刻まれた指輪を持つ者なんだから。

 サナリオ様が呼んだ商人が来て、シャーリー嬢は気に入ったものを次々と買っていく。

 それ、旅に必要なのか? と思うが、シャーリー嬢の趣味嗜好を探るには助かるが、ただ、謎が深まるばかりである。

 ……いったい何者なのよ……!?

 何度叫びそうになったかわからないが、バンドゥーリ子爵家の侍女としての誇りを強く持ってシャーリー嬢の観察に集中した。
 う、う~ん。ちょっと買いすぎたかしら?

 必要なものしか買ってないと思うのだけれど、箱三つ分ともなるとなると「そんなことはない!」と断言できないわね……。

「ありがとうございました。品はうちの者が運ばさせていただきますね」

 人が入って来て箱を運び出してしまった。手際がよろしいことで。

「はい。お願いします」

 じゃあ、買うものも買ったし帰りますかと席を立ち、部屋を出ようとして立ち止まった。道具も大切だけど、食料も大切じゃない。

「どうかしましたか?」

「今の時間って、市は開いてますか?」

 このくらいの町なら何ヶ所かで市はやってるはずだが、場所によっては朝か夕方にやってるらしいわ。

「市、ですか? はい。南区でやっていますよ」

 お、やってるのね。それはよかったわ。

「これから市にいってもよろしいですか?」

 ナタリーさんに尋ねる。一応、わたしの〝監視員〞だからね。

「はい。構いません」

 騎士様に確認の目を向けると、騎士様は少し考えたのちにわかりましたと頷いた。今のはなんの間かしら?

 サナリオさんに見送られ南区にある市へと向かった。

「シャーリー嬢。市は人が多いので気をつけてください」

 人の往来が出て来たからか、騎士様が注意を促してきた。

 わたしを守るためか、常に横にいる騎士様。騎士なら女性を守るものらしいけど、わたし、そんなに弱そうに見えるのかしら? これでもおばあ様に仕込まれ、小さい頃は霧の森を遊び場にしていた。

 それに魔力は神獣級。魔法は一国の大魔法使いにも勝る。守られるより守るほうだと思うんだけどな~。

 まあ、騎士には騎士の矜持はあるもの。守られて不愉快って気持ちはわたしにないんだし、黙っていれば皆平和だわ。

「はい。わかりました」

 角を立たせないのも人間関係を良好に保つ手段と、笑顔で答えた。

 南区にある市は、前にいったことがある市よりは小さかったけど、売っている野菜や果物は新鮮で、肉も豊富だった。

「ギャレーの町は豊かなんですね」

 町の周辺に畑や果樹園があったけど、冒険者の町とも言われて。なら、魔物が多いってことよね? 被害とかないのかしら?

「そうですね。わたしも初めて来たときは驚きました」

 それとなく降ったのだけれど、騎士様はギャレーの町のことは知らないようだ。まあ、町に精通した騎士ってのも変だけどね。

 しかし、お昼を過ぎているのに人がいるってなにか不思議ね。これって仕事がいっぱいあるってことなのかな? 

 大きな都市ならまだ理解できるけど、二、三万人の都市でこれだけの人が往来してるって凄いことよね。ここが特別なのかしら?

 わたしな拳くらいある赤い実はトマトの仲間かしら? やけに大きいわね。土がいいのかしら?

「おばさん。これは薄味かしら? それとも濃い味かしら?」

 異次元屋の味を知ると、この世界の野菜や果物は一段階どころか四段階くらい落ちる。美味しいかと訊くより味が薄いか濃いかを訊いたほうが早い。

「今年は雨が多かったから少し薄いかね。でも、その分、酸味は少ないよ」

 不味いんだ。これより二回り小さいのは甘いのに。やはり土で変わるのかな?

「煮ると美味しくなりますか?」

「ああ。塩とロホの葉を入れるとさらに美味しくなるよ」

 そこは同じなんだ。なら、トマト煮が作れるわね。

「それはいいですね。じゃあ、三十個ばかりいただけますか?」

「そんなに買ってくれるならオマケするよ」

 ライヤード商会で買ったカサミ竹で編んだ手提げ籠に入れてもらう。

「……この籠、魔法の籠かい……?」

 入れてもいっぱいにならないことに気がついたおはさんが、不思議そうな顔で尋ねて来た。

「はい。そうですよ。いつもたくさん買うので」

 自給自足可能な城だけど、各地の季節を味わうために買いに出ていた。おば様にも送ったりするからたくさん買うのよ。
 
「あ、そっちの芋もお願いします」

 マヨネーズを使ったポテマヨ、わたし、大好物なのよね。いつも異次元屋で買ってたんだけど、自分で作ってみるのもいいかもね。

「シャーリー嬢は、料理をするのですか?」

「はい。しますよ。作るのも食べるのも好きですから」

 異次元屋を知る前は食に興味はなかったけど、料理を見てから食いしん坊になってしまった。不味い料理なんて口にしたくないわ。

「わたしも食べるのは好きですよ。まあ、作るのはダメですけど」

 騎士で料理作りができる人はいないでしょう。いたら変人扱いされるんじゃないかしら。わたしは、尊敬するけどね。

「今度、シャーリー嬢が作ったものをご馳走してくださいませんか? 男爵様には申し訳ないのですが、どうもいまいちでして」

「そうなのですか? なら、厨房を貸してもらえるようお願いしませんとね」

 他人様の台所を借りるなんて失礼かもしれないけど、美味しくないものを食べるよりはいいわ。不味いと食べる気も失せちゃうしね。

「ナタリーさん。男爵様にお話を通していただけませんでしょうか? わたしからもお願いするので」

 わたしと繋がりを求めているようだし、反対はされないでしょうと言う読みがあったので、ナタリーさんに言ってみたのだ。

「はい。わかりました。お話を通しておきます」

 つまり、よろしいってことですね。了解で~す。
 今、初夏なのね……。

 なに間抜けなこと言ってるの? と、言われそうだけど、いろいろありすぎて季節を忘れていたのだからしょうがないじゃない。

 初夏の山菜がいっぱい。天ぷらにしたら美味しいかも。

 異次元屋がある世界はたくさんの調理法があり、小麦粉を水で溶き、野菜をつけて油で揚げる。初めて食べたときは口が落ちるかと思うくらい衝撃的だったわ。

 市を回り、山菜を大量に買い占めていると、蜂蜜を売っている屋台があった。

「おじさん。この蜜は養蜂ですか?」

 瓶に入った蜜は綺麗で黄色味を帯び、不純物がない。これは布で何度か濾している証拠だ。

「ああ。ボルム村の特産だよ」

「じゃあ、蜂蜜酒も作ってるんですか?」

「ああ、作っておるよ。まあ、酒はミズニー商会に卸してるがな」

 ミズニー商会ね。よし。

 蜂蜜をいくつか買い、ミズニー商会の場所をおじさんに聞いて向かった。

「シャーリー嬢。一度、館には戻ってはいかがですか? 昼を過ぎてますし」

 え? お昼? あ! 買い物に夢中になって忘れてたわ!

「す、すみません! わたしったら考えなしで。皆さん、お腹空いてますよね」

 と言うか、思い出したらわたしもお腹空いてきた。お腹の虫が鳴く前に黙らせないと大恥かいちゃうわ。

「いえ、大丈夫ですよ。では、戻りましょう」

 ナタリーさんに目配せして、男爵様の館へと戻った。

 館につくと、先に走らせた兵士さんによりガルズ様たちが迎えてくれた。

「騎士様や兵士さんたちを長く付き合わせて申し訳ありませんでした」

 準備に忙しいときに長く付き合わせたことに謝罪した。

「いえいえ、何事もなくなによりです。買い物はできましたか?」

「まだ欲しいものはありますが、わたしの我が儘に皆様のお昼を我慢させるのは申し訳ないので一旦戻って来ました」

「お気遣いありがとうございます。では、すぐに用意致しましょう」

「あ、失礼を承知でお願いしたいのですが、厨房をお借りできますでしょうか? 付き合わせたお詫びに皆様にお昼をご馳走したいので」

 せっかくだから皆さんに天ぷらをご馳走しましょうか。一人で食べるのは気が引けますしね。

「旦那様。シャーリー嬢は料理もできるそうですよ」

 戸惑いの顔をしているガルズ様にナタリーさんが助け船を出した。援護、ありがとうございます。

「あ、ああ。そうか。では、ダイグン殿にお願いしよう」

 ありがとうございますとお礼を述べて厨房へと案内してもらった。

 男爵家の厨房は……まあ、こんなものでしょう。城と比べるのは失礼だわ。

「料理長のダボアです。お好きに使ってください」

 小太りの中年男性は、自分の城を嫌な顔を見せず、それどころか乗り気な感じで厨房を貸してくれた。ガルズ様、なにか言ったのかしら?

 まあ、嫌われてないのなら遠慮なくお貸しいただきますと、まずは清浄と浄化で厨房を綺麗にする。美味しいはまず綺麗からよ。

「……す、凄い……」

 なかなか頑固な汚れだったけど、わたしの清浄と浄化の前にはどんな汚れも敵わない。わたしを屈服させたいのなら百年物を持って来るのね!

 なんて冗談はともかく、魔法で水を出して空中に浮かべ、市で買った山菜を水へと入れていく。

「ダボアさん。油はありますか?」

「あ、はい。これです」

 瓶に入った油はニナ豆から絞ったもので、あまり質はよくない。二等級かしら? まあ、ろ過すれば問題ないわね。

 魔力で油を包み込み、不純物を排除して鉄鍋に入れる。

 竃に火を放ち、油を加熱する。その間に小麦粉を水で溶かし、水に入れた山菜を洗って水切り。まだ油の温度が上がらないので、トマトを出して皮を剥き、四等分にしてお皿に盛る。

 一つ味見してみる。

「苦味があるわね」

 トマトは異次元屋がある世界から流れて来たものだけど、この世界に適応したことにより苦味が強くなり、城の庭園であちらの方法で育ててるものを食べてる身としてはちょっと抵抗があるわね。

 そう言えば、リュージさんが昔はトマトに砂糖や塩をかけて食べてたって言ってたわね。

 異次元屋で砂糖を買っててよかったわ。

 トマトに砂糖をかけ試食。う~ん。不味くはないけど、なにか微妙ね。

「ダボアさん。ちょっと試食をお願いできますか?」

 わたしの舌では判断できないわ。

 フォークで砂糖がかなったトマトを刺し、恐る恐る口にした。

「こ、これは砂糖ですか!?」

 あれ? もしかして、砂糖が貴重なところだったかしら?

 砂糖が当たり前な環境にいたから忘れていたけど、砂糖は高級品だ。貴族ならまだしも一般庶民にはなかなか手に入らないと聞いたことがあるわ。

「はい。質のいいものですよ」

 今さら誤魔化しても無駄なら隠すことなく当たり前のものとして押し進めましょう、だ。

「そ、そのようですね。ざらつきがまったくありませんし、こんな白い砂糖など初めて見ました」

 まあ、異次元屋から買ったものですからね。質はこの世界の比ではありませんです。

「それより味はどうでしょうか? 感想をお聞かせください。美味しいでしょうか?」

「美味しいです! トマトに砂糖が合うなど初めて知りましたよ!」

 あ、美味しいんだ。なんだか自分の舌に自信がなくなるわね……。

「わたしもいただいてよいかな?」

 と、ガルズ様だちが欲しそうな顔をしていたのでトマトを出すと、ダボアさんと同様、美味しそうに食べていた。

 これは、自分と他人の味覚を調べなくちゃ変なもの出しちゃいそうね。

 あ、その前に山菜を揚げなくちゃ。他人の味覚より自分のお腹を鎮めるのが先だわ。
 山菜の天ぷらは、わたしの舌にはちょっと合わなかったけど、年配の方には好評だった。

「旨いですな」

「ええ。クセになる苦味です」

 特に男爵様とガルズ様が気に入ったようで、フォークが止まらなかった。

「塩につけるとまた旨い! 麦酒が欲しくなりますな!」

「まったく。酒のツマミにもってこいです」

 酒を持って来いと叫びそうな勢いだけど、さすがに明るいうちにお酒は不味いと思っているようで、要求することはなかった。

 騎士様もあまり山菜の天ぷらは好みではないようで、フォークの動きは鈍い。やはり若い人の口には合わないようね。

 う~ん。なにか違うもの作らないとね。

 パンケーキ……は無理か。シチューは……時間がかかるわね。あれやこれと考えるけど、設備が調ってなくて材料がない中では作れるものが限られて来るわね……。

 厨房の中を見回すと、パンを焼く窯があった。

「ダボアさん。チーズありますか?」

「え? あ、ああ。保管庫にありますよ」

 あ、あるんだ。さすが男爵家。保管庫まであるなんて裕福なのね。

「使いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。持って来ますね」

 チーズは保管が難しく、一般の食卓にはなかなか出せないと聞いてたんだけど、男爵家ではそうでもないのね。

 ダボアさんの部下さんがチーズを持って来てくれる間に小麦粉を台の上に撒き、塩を足して水をかけて練っていく。

「なにを作るので?」

「簡易ピザを作ろうと思いまして」

 材料が足りなくて、工程を省くので簡易なんです。

 捏ねて捏ねて捏ねまくり、手頃な感じの団子にする。

「ダボアさん。トマトをたくさん刻んでもらえますか?」

「あ、はい。わかりました」

 一人では時間がかかるのでダボアさんたちに手伝ってもらうことにする。お腹の虫さんが抗議の声を上げそうなんでね。

 あれこれ指示を出し、準備はできた。

 ちょっとだけ寝かせた団子を薄く伸ばし、切ったトマトと玉葱を乗せ、削ったチーズを振りかける。

「ダボアさん。これを焼いてください。加減は任せませますので」

 よそ様の窯はクセややり方がある、らしい。なので、焼きは任せるのが一番だわ。

「これは、窯に入れる専用の道具が必要ですね」

 あ、ピザを掬う道具、忘れてたわ。まあ、代用品(薄い板で掬ってる)を使ってるから問題ないか。

「シャーリー様。こんなものでよろしいですか?」

 窯を見ていた三十代くらいの男性に声をかけられた。窯担当の人かしら?

 手を止め、焼き具合を見る。

「はい。いい感じです」

 チーズが溶けていい匂いだわ。これなら味も大丈夫そうね。

 簡易ピザを出してもらい、包丁で四等分に切り分けてわたし、ダボアさん、窯担当の男性で試食する。

 簡易ピザにしてはまあまあかな。チーズが足りない部分を補っている感じね。

「……旨い……」

「あんな簡単な材料でできるなんて……」

 ピザは異次元屋の世界のもの。知らないのは当然とは言え、そこまで驚かれることかしら? 地域が違えば食べるものも違うんだしさ。

「これは簡易なので、いろいろ工夫して極めてください」

 今はお腹を空かした方々の胃を満たしてあげることを優先しましょうと、厨房の方総動員で簡易ピザを作り出した。わたしを厨房から追い出して……。

「シャーリー嬢の料理は不思議なものばかりですね。なんと言うものですか?」

 子爵なら珍しい料理も食べているだろうに、天ぷらや簡易ピザを不思議に思うのね。おば様のところでは普通になっているのに。

 ……広めたのはおばあ様らしいわね……。

「ピザと言いますが、今回のは材料が足りなくて簡易なものです。カルビラス王国にいったらちゃんとしたピザをごちそうしますね」

 おば様のところなら材料は豊富だし、ピザ専用の窯もある。簡易ピザなんて目じゃないピザを焼いてみせるわ。

「そう言えば、カルビラス王国は美食の国との噂は聞いたことあります。他にも不思議な料理があるので?」

「いろいろありますよ。お休みになったら王都のキャリバリーと言う店を訪れることをお勧めします。毎日通いたくなるくらい美味しいものが食べられますから」

 昔、おばあ様が伝授したらしく、王都で一番の料理店になってるそうよ。

「キャリバリーですか。それは是非ともいってみたいですね」

 わたしもお邪魔させてもらおうっと。お菓子の材料を分けてもらうためにね。

「シャーリー様。ちょっと材料を変えてみたので味見をお願いします」

 ダボアさんがベーコンのようなものが乗った簡易ピザを持って来た。なにか目に炎を宿して。料理人としての誇りに火がついたのかしら……?

 まあ、お腹空いてるしと、ダボアさん作の簡易ピザを口にした。

「美味しい。さすが玄人が作るものは違いますね」

 やはり毎日作ってる人の勘や技術は凄いわよね。まさしくセンスがあるわ。

「ありがとうございます!」

 なんとも嬉しそうに笑い、さらなる味を求めて厨房へと戻っていった。

 ふふ。これならお菓子作りも許可してくれそうね。

 カルビラス王国まで何日かかるかわからないけど、一日二日で着けるわけない。なら、その間のオヤツは作っておかないと。オヤツのない人生はあり得ないもの。
 お腹が膨れたので一旦部屋へと戻った。

 本当なら片付けもしたかったのだけれど、片付けは見習いさんの仕事とかで、厨房に入れてもらえなかったのだ。

「外は大変なのね」

 料理人には下積み期間があるのは聞いてたけど、料理をするまで何年もかかるとか、わたしにはちょっと理解できないわね。上手くなるには作るしかないと思うんだけどな~。

 まあ、そこにはそこのやり方や決まりがある。立ち寄っただけのわたしが口を出すことじゃないわね。

「さて。お酒を買いにいく前に買ったものを整理しますか」

 ライヤード商会で買ったものをまず並べ……るけど、こうして見るとなかなかの量よね。本当に旅に必要だったかしら……?

 旅のほとんどは馬車の中のはず。わたしがどの馬車に乗せてもらうかわからないけど、大半は座ってるしかないわよね? お茶をするのもできないか。

 おば様の馬車なら装備が充実してるからこの量でも馬車に入れられるんだけどな~。

「いっそのこと馬車を改造しちゃう?」

 いや、出発は明日だから無理か。時間がなさすぎるわ。

「う~ん。やっぱり召喚しかないかな~」

 召喚には何種類かあり、わたしがよく使うのはある場所から引き寄せるものだ。けど、それには保管しておく場所が必要で、追い出された身としては……あ。

「……わたしってバカすぎる……」

 思わず頭を抱えて悶絶してしまった。

「そうよ。なに忘れてるのよ。物置場から取り寄せられるじゃないのよ!」

 城は広い。広い故に持ち物を運ぶのは大変だし、取りにいくのも面倒臭い。たった一個忘れたがために一時間も歩く悔しさ。行き場のない怒りをどこにぶつけていいかわからなかったわ。

「わたしはドジっ娘か」

 おっちょこちょいなところがあるのは認めるけど、ドジ娘ではない、と信じたい。はぁ~。もっとしっかりしないと。

「物置、なにを置いてたかしら?」

 物置場、と言っても、いつも使うもの、ときどき使うもの、重要なものの三ヶ所に分けてある。

 いつも使うものと重要なものは覚えているけど、ときどき使うものは記憶が曖昧なのよね。

「って、今はそんなことどうでもいいのよ! 買ったものをなんとかしなさいよ!」

 まったくもー! 追い出されてから調子が狂ってばかりだわ!

「──いや、落ち着きなさい、わたし。慌てたところで事態は変わらないんだから!」

 とりあえず、個別封印魔法陣を描き、茶器類、布類、食料を封印。残りを鞄に入れた。あと、旅用の服のポケットに収納魔法をかけた。

「ついでだから水の指輪と火の指輪を召喚しておきますか」

 重要なものを置いておく物置場には、外に出してはいけない魔法の指輪とかも置いてある。その中で外に出してもいい魔法の指輪を召喚する。

「旅なら火と水は必要でしょう」

 ざっくりした想像でしかないけど、焚き火とか食事とかに火と水は必須でしょう。

 火の指輪を右手の中指に。水の指輪は左の中指に嵌めた。

「あーお風呂入りたい」

 城なら一日中入れるのにな~。外って本当に不便だわ。

「……これじゃ明日まで用意するのは無理っぽいわね……」

 城の外は不便なだけじゃなく面倒でもあるのね。はぁ~。

 部屋を出ると、ミナリーさんと年配の侍女さんがいた。

 ……ずっと待ってたのかしら……? 

「お出かけになられますか?」

「いえ。時間もないので諦めます。すみませんが、湯浴みをしたいのでお風呂をお貸し願いますか?」

 お菓子作りにお酒が欲しかったけど、今は汗を流したい。髪も洗いたい。下着を交換したいわ。

「では、すぐに湯を沸かします」

「あ、お湯は大丈夫ですよ。場所さえ貸していただければ」

 不思議そうな顔をしたが、なぜとは問わず、年配の侍女さんがお風呂場へと案内してくれた。あ、お風呂道具を用意してからね。

 男爵家のお風呂は……小さかった。造りからして、どこかで湯を沸かして湯箱に移すみたいね。

「この地域はお風呂に入らないのですか?」

 おばあ様の影響か、カルビラス王国ではお風呂の文化が根づき始めており、貴族の間では毎日入っているとおば様が言ってたわ。

「いえ、三日に一度は入ります」

 と、年配の侍女さん。感じからして三日に一度はこまめに入ってるほうみたいね。

「では、使わせていただきますね」

 水の指輪から湯箱に入るくらいの水球を作り出し、火の指輪から拳大の火球を水球に突っ込ませる。

 一瞬にしてお湯と……ちょっと火が強すぎたかしら? 

 まあ、足せばいいか。たくさんあって困ることないしね。

「……一緒に入ります?」

 服を脱ごうとして、未だにいる二人に尋ねてみる。

 同性に裸を見られて恥ずかしい年齢でもないし、お湯はたくさんある。狭いけど、三人で入るには問題ないでしょうしね。

「あ、いえ。申し訳ありませんでした。背中を流しますか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

 異次元屋で背中を洗うブラシを買ってある。ボディソープやシャンプーもね。

 二人が下がったので、服を脱いで体や髪をしっかりと洗った。

「ボディソープはいいけど、シャンプーは自作のがいいわね」

 汚れは落ちたけど、なんだか艶がいまいちだわ。

 リュージさんの話では髪質が違うのだろうとのこと。わたしの髪の色をした者はあちらの世界にいないそうだからね。

「おば様のところにいったら作らないとな~」

 旅の間は異次元屋のシャンプーで我慢するしかないわね。蜂蜜でトリートメントすれば髪は守られるでしょう。

 いい湯加減になった湯箱に入り、ゆったりまったり溜まりに溜まった疲れを癒した。
 あーいいお風呂でした~!

 ただのお湯だったけど、今のわたしには入れるだけで幸せだわ。

 風の魔法で体についた水滴を乾かし、髪を柔らかい風にして乾かす。

「あれ? 鏡がない……」

 髪をとかそうとして脱衣場的なところに鏡がないことに気がついた。

「……そんな……」

 あるのが当たり前すぎて今の今まで気がつかなかったわ……。

「はぁ~。異次元屋で買うものがまた増えたわね」

 品揃え豊富な異次元屋だけど、どれもが高くて気軽には利用できない。姿見の鏡なんて買おうものなら一万ポイントは取られるでしょうよ。

「魔力を節約しないとな」

 人より魔力があると言うのに、異次元屋の世界では百分の一くらいになってしまう。こちらの世界では百分の一もあれば事足りるのにね……。

 こんなに魔力があっても使うときがなければ宝の持ち腐れ。異次元屋と繋ぐスマホがなければ霧の森が灰になってたかもね。

 強大な魔力を溜め込んでおくのも体に悪い。まったく、難儀なものよね~。

 鏡がないので壁に向かいながら髪をとかした。

「ん~蜂蜜リンスもいまいちね」

 悪くはないけど、いつも使っているエボルの花から絞った油には負けている。おば様に連絡して集めてもらおうっと。

 手で何度かとかし具合を確かめ、新しい下着をつけ、服を着た。

「毎日着替えられないと香水も買わないとダメね」

 清浄をかければ汚れや臭いを消せるけど、常にやってたら「この人、常に臭いのかしら?」と思われちゃう。それなら「いい香りね」と思われたほうがあわ。その辺は女心と言うものです。

「やっぱり鏡がないと不便よね」

 まあ、旅に姿見の鏡を持ち歩くのも変だから手鏡は買っておきましょう。

 見える範囲で服のシワやよれがないかを確かめてから脱衣場的なところから出た。

 もちろん、外にはナタリーさんと年配の侍女さんが待ってました。

 ……侍女の扱いじゃないわよね……。

 おば様のところでは「姫様」と呼ばれて、侍女さんを最低でも三人はつけられるからこの状況をすんなり受け入れられるけど、侍女の立場でいるとなると戸惑いしかないわ。

 まあ、おば様との関係を考慮してのことだから拒むつもりはないわ。外の世界は利害関係が大切だっておば様が言ってたしね。

 わたしはおば様のところに連れてってもらう。お礼におば様に紹介する。うーなんとかかんとかの関係だと、おばあ様が言ってたわ。いや、なんて言ってたか忘れちゃったけどねっ。

「ありがとうございました。男爵様によろしくお伝えください」

 年配の侍女さんに頭を下げてお礼を伝えるようお願いした。

「はい。お伝えいたします」

 侍女教育が徹底してるわよね。余計なことはなにも言わず、表情も変えない。きちんと線を引いている。おば様のところの侍女を知っているだけに教育の凄さが理解できるわ。

 ……城にいた頃は全然わかりませんでしたけどね……。

「夜まで部屋で休ませていただいてよろしいでしょうか?」

 わたしが動くといろいろ準備に大変でしょう。縁の下の力持ちな侍女さんが、ね。

「お休みになられるので?」

「いえ。旅の準備をしようかと思います」

 出だしからポイントを減らしちゃうけど、それで侍女さんたちの不興を買うほうが問題だわ。まあ、ナタリーさんたちなら仕事として割り切れるでしょうが、避けられることなら避けいたほうがいいでしょうよ。侍女は一番に味方にしておかなくちゃいけないそうだからね。

「わかりました。では、夕食になりましたらお呼びいたします」

 あ、夕食か。この流れではガルズ様や男爵様と一緒の席になりそうね。この服じゃまずいかしら?

「正式な服は持ってないのですが、よろしいのですか?」

「身内の席ですので、その服装でも問題ありません。もし、気になるのでしたらこちらでご用意いたしますが?」

 わたしの体に合う服がそう簡単に用意できるはずがない。きっと侍女総出で準備するんだろうな~。

「いえ。この服で問題ないのならこれで出席させていただきます」

「はい。わかりました」

 承諾を受けたので夕食まで旅の準備に取りかかった。