眠ってしまった静奈はまた夢を見ていた。

「あんたもなかなかやるわね、見直したよっ」

春の光のように明るい瞳、秋の空のような穏やかな笑顔。

髪は金色で毛先は赤。

まるで紅葉の葉っぱのようだ。

少々気が強そうだが、可愛らしい顔立ちの12、3才くらいの少女。

「あなたはもしかして紅葉さん?」

「そうだよ、やっと会えたね」

やはりそうだった。いつも紅葉視点の夢だったから一度も姿を見たことがなかったのだが一目見てすぐわかった。

「ごめんね。私ずっとあなたを忘れていた」

「ううん、いいの。私ずっと一緒だったから寂しくなかったよ」

「綺麗な髪の色、名前にぴったりだね」

静奈が褒めると、紅葉は嬉しそうに瞳を細める。

「ふふ、そうでしょ?夜様がつけてくれた名前なの。私の宝物だよ」

2人は微笑みあい抱き合った。すると紅葉はふわりと泡のように消える。

「静奈、頑張ってね」

励まし、見守り、応援する。

それが、この尊き式神の本質だったのだろうか。

「あ、待って」

天に向かい手を伸ばした静奈は切なさで胸が締め付けられた。

それが不思議な夢の最後だった。

そして数日が過ぎた。

医師から絶対安静を言い渡された静奈は、まだ1日の大半を布団の中で過ごしていた。

「静奈、薬を持ってきたぞ」

「はい、ありがとうございます」

「傷の具合はどうだ?」

「もうすっかり大丈夫です、あ、でも」

静奈は気遣わしげに肩に手をやる。

身体の傷跡は残ってしまうかもしれない。

以前ならそんなことは気にしなかったのだが、今は少し違った。

彼女の言いたいことを察した夜影は優しく微笑する。

「静奈はまだ若いから綺麗に消えるはずだ。たとえ消えなくても気にしなくてもいい。俺は気にしない」

「え?」

「静奈の夫は俺だけだ。おまえの肌を見るのは俺1人だ。ならば気にすることはあるまい」

夜影は静奈が真っ赤になるのも構わず、独自の論法を披露する。

どうやら本人としては真面目に慰めているつもりらしい。

乙女心がわかっているのか甚だ疑わしいが、静奈は思わずぷっと吹き出した。

「おかしいか?そうか」

なんにしろ静奈の笑顔を見ると嬉しい夜影である。

しかし、彼はふと未だ彼女と婚約すらしていないことに思いあたり真面目な顔で問いかけた。

「静奈、あらためて聞くが俺の妻になってくれるか?」

「……」

「静奈?」

静奈は質問には答えずに、あることを打ち明ける決心をした。

「私、紅葉様に会いました」

「ああ、そうか」

夜影は穏やかに頷く。

「もしかして知っておられたのですか?」

「夢のことか?」

そうか、彼は気づいていたのか。不思議と驚きはしなかった。
今思えば、彼は全てわかった上で自分を見守っていてくれていたような気がしたのだ。

静奈は夢で見たことを彼に話して聞かせた。

夜影は時々頷きながら、過去を懐かしむように聞いていたが、ふと顔を上げる。

「静奈、紅葉はやはり最後は消えてしまっていたのか?」

「はい」

少し考えた後、静奈は正直に答えた。

「そうか、紅葉はある日突然俺の前からいなくなった。
1人で消えてしまったのか。あるいは、俺に消えるところを見せてはいけないと思ったのか」

彼は寂しそうにそう言うと静奈の手を握る。

「俺は大事なものを2度と失いたくない。俺にはおまえが必要だ」

「夜影様、そんな、私なんて。何もお役に立てません。
紅葉様のようにあなたを守る力はありませんから」

悲しそうな顔をする静奈を見て、夜影は小さく息を吐いた。

「勘違いさせてしまったか。俺は静奈に紅葉のようになれと望んではいないが。俺には左門や他にもたくさん部下がいるからな」

「あ……」」

静奈は思わず恥ずかしくなって顔を手で覆った。

もう彼は昔の1人ぼっちの少年とは違うのだ。

そして、静奈の手助けなど必要無いほどに強い。やはり、静奈は彼に何も与えられないのだろうかと思い俯いた。

「紅葉のことを忘れられるわけはない。あいつはもう俺の心の一部のようなものだから。あの時、紅葉が望んでくれたから、俺は半妖の鬼として生きようと思ったんだ」

「……」

瞳を揺らす静奈を真っ直ぐに見つめて夜影はきっぱりと言う。

「だが、俺は紅葉の生まれ変わりというだけで静奈を求めているわけではない」

夜影はぎこちなく前髪をかきあげると、意を決したように彼女を抱き寄せた。

「俺は静奈を愛おしいと思っている」

「で、でも私」

「俺が嫌いか?」

「いいえ」

「では、好きか?」

純真な彼女がまた赤くなるのを満足げに確認する夜影。

「聞いてくれ、静奈」

「俺の半分は人間だが、部下達から見たらほとんど鬼に見えるらしい。だがな、最近は静奈といる時だけ人間らしい面が出てきて親しみやすくなったと言われるのだ。
それに静奈と食事を毎日食べていると、当然だが気力も霊力も充実してくる。何より毎日生きていると実感が沸く。
これでも、おまえは俺にとって不必要な人間だと言うのか?」

彼の誠実な言葉が静奈の胸に暖かく響き渡ってゆく。

「おまえといる時だけ、俺の半分は人間で良かったのだと思える」

それは何より嬉しい言葉だった。

「夜影様、私こそ、私の方があなたを必要としています」

(もう出会う前の私に戻れるわけがない)

こんなに、彼を愛おしく思っているのだから。

「では、俺の花嫁になるか?」

夜影の問いかけに静奈は満面の笑みで答える。

「はい、ふつつかですが」

言い終わらないうちに、口付けで唇を塞がれてしまい静奈は全身が赤くなった。

「静奈はふつつか者ではないぞ」

聞き捨てならんという顔をしてみせる夜影。

「は、はい。ですが」

「それならば俺の方こそ、ふつつか者だ。半妖の鬼とはつまり半端者だからな。
だがせめて、静奈にとっては完璧な夫になりたいものだ」

(それならもうすでに完璧だと思います)

静奈はひしと彼の胸にすがりついた。

鬼でも人でも式神でも無く、ただ一対の夫婦として寄り添いあっていきたいと願った。