――――訪れた初の夫婦の時間。ハッとして目を覚ませば、私室ではないことに気が付き慌てる。だが昨日漆鬼の部屋で隣に寝たことを思い出す。
しかし何故だか後ろから抱き締めているこの鬼は……何なのだろうか。昨日作った防波堤は!?どうしてか私の胸元にある。
やはりひよこ1匹では荷が重かったか。ひよこを両手の中で転がせば、ひよこの首もとに違和感を覚える。このひよこの首もと……まるで破れたことがあるかのように糸で縫合してある。
よほど大事に使っているのかしら?
しかし問題はひよこよりも……だ。
「その……起きてる?ねぇ、漆鬼」
「ん……鶸」
後ろで眠たげな声が響いてくる。
「その……動けないのだけど……。何でこうなってるのかしら……?」
「……っ!す、済まない……。多分、無意識だ」
無意識でこうなる!!?何で後ろからすっぽり腕の中に抱き締めてるのよ……!
「あの……そろそろ放して……」
「……嫌か?」
うぐ……っ、そんな甘えるような声出さないでよ……!?仏頂面キャラかと思えば、急にそんな……。
これも昨日気持ちを伝えあったからだろうか……?
私たちの関係性も確実に変わりつつある。
「その……朝ごはんの時間だから……一緒に食べるって、約束でしょ?」
「それも……そうだったな」
「うん」
渋々漆鬼が腕から解放してくれる。
屋敷の使用人たちが朝の着替えを手伝ってくれて、布団も上げてくれる。しかし……私はちゃんと見ていなかったのだ。
屋敷の鬼たちはこんなにもにこやかに、私の着付けを手伝ってくれていた。
「……ありがとう」
ふと出たその言葉に、鬼の使用人は少し驚いた表情をしつつも笑顔を向けてくれる。
「もったいなきお言葉です」
そうか……やはり、そうだったのだ。
漆鬼に嫌われていると思い、周りの鬼たちが鶫をちやほやする様子に、鶫だけが愛され私は嫌われていると思い込んでいた。でも……違うのよね。みんなは鶫を恐がらせないようにしていた。今思えば鶫が何故恐がるのかは分からない。もしかしたら構ってもらうため、庇護欲をそそらせるためにしているのかもね。
だが……これからは違うのよね。お礼を伝えて、それに喜んでくれる彼らの顔をしっかりと見ていこう。私も逃げずに、向き合おう。
着付けを終わらせて、今日は漆鬼と朝食へ向かう。不思議な感覚だわ。私たち夫婦が向かい合って座り、その間にお膳が置かれる。
漆鬼のお膳は普通のご飯に汁物、焼き魚に煮物など。
私のお膳はお粥に柔らかい鮭や煮物が添えられている。
こうして見ると……この屋敷の鬼たちも、毎日私のために粥を出してくれていたのだ。
「……朝はいつも粥なのか」
「……あまり胃が丈夫ではなくて……」
ここへ来たばかりの頃は、食べなれていない高級食材や揚げ物などで腹を壊していた。屋敷の鬼たちはそれをしっかりと見てくれていたのね。だから私のお膳には消化の良いものを出してくれる。
「……祝言の後はあまり食べていないようだったが、そのせいか」
「……まぁ、そうですね」
鬼との形式的な祝言。そして長と結婚するがゆえに大々的に開かれた宴。
鶫や父親、継母に睨まれながらの食事は胃をキリキリとさせたし、さらには高級なものばかりで重たすぎたのだ。
「悪かった」
「……でも、メンツってものがあるでしょ?」
鬼の長の披露宴ですもの。それなりの質の維持は必要である。
「だが……鶸の食べやすいものをこっそり出すくらいならできるだろう?」
「……っ」
「だから……宴の時はそうしよう。なら……ついてきてくれるか?」
「いいの……?」
実家にいた時は漆鬼の許嫁であってもそう言った場には連れていってもらったことはない。それが私の実家での立場である。
こちらに来てからも、誤解があったせいで誘われることはなかった。
「……あぁ。鶸なら、問題ない」
「……」
その言葉は彼が私を受け入れてくれたと言うことでいいのかしら。
「でも……」
「心配事があるのか?」
「鶫は来るの……?」
またあの子が出てくるのなら、私は……っ。
「いや……呼ばない。宴の敷居は跨がせない」
「漆鬼……」
「俺は鶸のことを第一に考えたい」
「うん」
そう言ってもらえることが、この上なく嬉しい。鶸がずっと思い描いていた夢が今ここにあることが、掴みかけているのが何よりも嬉しいのだ。
「ご馳走さまでした。美味しかったわ」
初めて伝えるその言葉に給仕たちも『もったいなきお言葉です』と笑みを見せてくれる。
この屋敷はこんなにも温かく、優しい場所だったのね。それを再認識しつつも、朝食が終われば本邸へ向かう漆鬼を見送る。
「昼にまた戻る」
本邸へは目と鼻の先だから、戻ってくることも容易にできる。
「……うん、待ってる。行ってらっしゃい」
「あぁ。行ってきます」
こんな当たり前のような夫婦のやり取りができる日が来るなんて。元々は背中を押してくれた夜鬼くんのお陰かしらね。今度会った時、ちゃんとお礼を言わないと。
こうして私たちにはゆっくりとだが、夫婦としての時間が流れ始めたのだ。