中学二年の成瀬浩志は、教室に一人残されていた。

 部活動に励む生徒たちの声が校内に響くなか、浩志は窓際の一番後ろの席に座り、先ほど担任より手渡された数学の課題に取り組んでいる。

 彼は朝早く起きることが苦手で、始業のチャイムに間に合わない事がしばしばあった。 そのため、中学二年になった頃には、遅刻の常習犯として校内での地位を不動のものとしていた。

 今日は、ここ数日の度重なる遅刻の罰として、担任より補習を言い渡され居残りと相成ったのである。

 根が真面目な浩志は素直に課題に取り組んでみたものの、相手は苦手な数学。自力で解けるはずもなかった。 浩志は早々に考えることをやめ、窓の外に目を向ける。 彼の座って居る場所からは、中庭を見下ろすことができた。

 中庭には花壇がある。春には色とりどりの花が咲き中庭を賑わせていたが、そんな花壇も、二月の今は茶色い土が剥き出しになったまま寒々としていた。

 今は何もない中庭を何気なく見下ろしていた浩志の視線が、ある一点に向けられる。

 視線の先には、一人の少女。

 肩ほどまである髪を二つに分けて縛り、幾分か大きめの真新しい制服を着たその少女は、殺風景な花壇をじっと見つめている。

 少女の真剣な眼差しが気になったのか、浩志は席を立ち窓へと近づいた。

 浩志が少女の視線の先を確認しようと窓から身を乗り出したちょうどその時、教室の扉を勢いよく開け一人の女子生徒が入って来た。

「ああ! やっぱりサボってる!」

 浩志のクラスメイトである河合優は、そう言いながら彼のそばへとやってきた。

「ねぇ、何してるの?」

 浩志は窓から外に出かけていた頭を引っ込め、優の方へと向き直った。

「別に。ただあいつは何を見てるんだろうと思ってさ」
「あいつって?」
「ほら。あいつ……って、アレ?」

 二人は並んで窓から中庭を見下ろしたが、少女の姿はもうそこにはなかった。

「誰もいないじゃない? 何もないし」
「おかしいなぁ……。あいつ、この寒い中、コートも着ないで外にいたんだぞ。何かをじっと見てたんだって!」
「夢でもみたんじゃないの?」

 そう言うと優は窓から体を離し、机の方へと向き直る。机の上には先ほどまで浩志が取り組んでいた数学の課題が、ほとんど手付かずのまま残されていた。 優は課題を取り上げると、内容を確認し始める。

 しばらく窓の外を気にしていた浩志だったが、やがて席に戻ると優から課題を取り上げた。

「ところで、お前は、何をしに来たんだよ?」