しばらくして何とか落ち着くと、もう一度紙片に目を落とした。この言葉は、彼の耳によく馴染む響きだった。

（きっとどこかで聞いたことがある）

　そんな気がした。どこで聞いたのだろうか。街を見下ろしながら考えていると、丘の下にある学校からチャイムが聞こえてきた。丘の下にある学校は、彼の母校だった。懐かしいチャイムが彼の記憶を刺激する。

　不意に、母校の正門と初恋のあの子の笑顔が脳裏に浮かんだ。

　彼が学校に通っていた頃、正門にはスローガンが掲げられていた。それが、あの言葉だった。そして、彼女はいつも必ずその門の前で彼を待っていた。彼を見つけると満面の笑みで、『おはよう』と声をかけてくる。あの頃の彼は、素直に挨拶をすることがなんだか照れくさくて、彼女にまともに挨拶を返したことがなかった。

（挨拶を返されなかった彼女は、あの時どう思っていたのだろうか）

　ふとそんなことを考えて、彼の胸がチクリと痛んだ。

（なんだか今日は、無性に昔のことが気にかかる。仕事も終わってこの後はゆっくりと時間がとれるから、遠回りでもして母校へ寄ってから帰ろうか）

　昔の思い出に浸るのも悪くはないかもしれない。そう思い立った彼は、眼下に広がる街並みと、これから向かう懐かしい母校へ一瞥を向ける。

　そして、帰り支度のためにベンチへ荷物を取りに戻った。