雅楽の音が鳴り響き、神に慶事を伝える。

 祝言のために神社に集うは敵対していた二つの一族。みな一様に黒袴を穿き、相手の一族を睨むように見据えていた。互いに和解しあうことなど、納得できないというように。

 祝いの日には相応しくない緊迫感。自分の胸には妙な緊張感。

 差し出された赤の杯を、芦屋(あしや)依道(いより)は両手でそっと受け取った。

 そろりと横に目を向ければ、精悍な見慣れた顔が視界に映る。

 安倍(あべ)清吾(せいご)。彼とは幼馴染みで腐れ縁。同業者で宿敵同士だった。

 そこに今日、「夫婦」という肩書きが追加される。

 これは長きに渡る両家の因縁を終わらせるための政略結婚。互いの感情も伴わない義務的な関係。だからこそ自分は彼に愛されることもないだろう。そもそも顔を合わせれば口喧嘩になるような煩わしい相手を、彼が好きになるはずがない。

 けれどそれは、自分が意思を貫くには関係ない。

 依道は迷いを振り払い、杯の端から酒を飲み下す。

 これで縁は結ばれる。故にこの先何があろうと、必ず彼の側にいよう。

 宿敵ではなく妻として――安倍依道として、清吾を支えよう。

 誓いと共に流し込んだ酒は、つんと喉の奥を刺していった。