「いらっしゃいませ…」
深夜のアダルトショプは閑散としている。
まばらな客は皆ただ黙々とお目当ての商品を探し求める。店内は誰もいないかのように静かでBGMの音だけが鳴り響いている。
店内を巡回すると、こんなにも客がいたのかと驚いてしまう事もある。
聞こえるとしたら、たまに訪れるカップルや冷やかしの客の会話ぐらいだ。
時折変な客もいて、従業員の中で勝手にあだ名がついている。
面白いといえばその位だ。
毎日淡々とこなす仕事は実に地味で、面白くはない。まあ、仕事とはそんなものだが…。
店で働く従業員のほとんどは始めた当初は、見渡せば裸だらけの環境に興奮するものだが、毎日見ているうちに当たり前の風景の1部になっていて下半身がピクリともしないほど見飽きた光景になっていく。慣れとは恐ろしいものだ…。
頼まれていた作業を始めようとした時、レジのベルが鳴った。
「はい」
手を止めてレジに向かう。
互いの顔があまり見えない程間口の狭いレジ台にDVDが置かれていた。
(珍しいな……)
普段はあまり売れないメーカーの作品。
男同士が絡む。つまりゲイものだった。
「金額に間違えがなければ支払い方法を選んでください」
「現金で…」
小さく呟いた声は若い男の声だった。
背の高い男の顔ははっきりとは見えない。
だが、現金を差し出した指は細く長かった。
(綺麗な指だな…)
見惚れてしまうくらい綺麗な指。
(この指でかき回されたい…)
うっとり見つめてしまう。
(はっ……!)
って、勤務中に何考えてんだっ…俺…。
「どうぞ…」
商品を詰めた袋渡すと客は足早に出口に向かう。
「あっ……」
釣り銭を間違えている事に気づき声をかける。
「すみません」
そう言うと客が立ち止まった。
「お釣り間違えました…」
渡し損ねたお金を差し出す。
「どうも…」
そう言って素早く受け取ると急いで出口に向かう。その客の顔が気になって設置されている防犯カメラのモニターを見つめる。
正直あまり期待などしていなかった。
同じ性癖を持つ同性など。
大概気色の悪い親父か変態。
見た目等気にしないオタク。
だと思っていたのに……。
出口に設置してある防犯カメラを通り過ぎる瞬間その客は振り向いて店内をじっとみている。まるで、誰かを探しているように。
映し出されたその男は、若くて背の高い細身で顔も身体も自分の好みにドンピシャだった…。
目が離せない…。
出ていく後ろ姿を見えなくなるまで見送ってしまった…。
「ふっ……」
脳裏に焼き付いた彼の顔を思い出しニヤけてしまう。
「思い出し笑いか…?気持ちわりぃぞ、馨(かおる)…仕事しろ」
相方の藤巻に注意される。
「へいへい…」
素っ気なく返事をする。




その日は非番で日課となっている買い出しに来ていた。
買い物が終わると、スーパーの店外にある喫煙所でタバコをふかす。
春はそこまで来ているのに、日が暮れると夜風が身体を冷やす。
しゃがみ込んで行き交う人を眺める。
帰宅時刻の為か皆、家路を急ぎ足早に通り過ぎる。
ふと学生服の集団を見かけた。
懐かしい…と、遠い思い出に浸っていると見覚えのある顔が通り過ぎた。
「えっ……」
加えたタバコが落ちそうになった……。



あの日以来、例の客は来なかった。
しかし、記憶から忘れ去られようとした金曜日、また現れた。
いつものように店の外を掃除していると、あの若い男がやってきた。
素知らぬ顔で店に入ろうとする。
「ダメだぞ……高校生」
俺の言葉を聞いて立ち止まる。
「誰の事ですか?」
とぼけて聞いてきた。
「お前、高校生だろ?18歳未満は立ち入り禁止だ」
「俺、18歳ですけど」
年齢じゃねぇっ!…叫びそうになる気持ちをぐっとこらえる。
「18歳でも高校生はダメなのっ」
「そんなの書いてませんよ」
「書いてあんだろっ良く見てみろっ」
看板の文字の下の文字を指でさす。
そこには、18歳未満及び高校生は…と小さな文字で書いてある。
俺の指に近づいて目を細めながら
「小さ過ぎて見落としました」
しれっと言っやがった。
バカにされた気分になりイラッとした。
後からやって来た客が怪訝そうにこちらを見ている。
入り口で言い合うには目立ち過ぎる。
「ちょっと来いっ」
彼の腕を掴む。
店の裏、街灯のあかりが届くギリギリの場所まで連れていく。
「学校にバレたらお前マズイだろ?」
雑草の生い茂った店の後ろはまず人が通る事はない。ましてや深夜ともなれば人気が少ないこの場所は会話が他の人に聞かれる心配もない。
「俺じゃなくて、高校生に販売したそっちの方がマズイんじゃないんですか?」
開き直ったように冷静に言い返してくる。
「うっ……」
何も言い返せない。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんし、バレませんから」
「脅してるつもりか?」
「まさか、脅してるつもりはありません」
勝ち誇ったような笑みに腹立つ。
「お前な……」
何も言い返せない自分にもっと腹が立つ。
彼はニヤッと笑うと俺を壁に押し付ける。
「脅しって言うのは…こうやってするんですよ…」
俺の顔の横にバンッと両手を着く。
一瞬ビクッとなったが
「そんな脅しじゃきかねぇよ。高校生…」
怯まず睨み返す。
すると俺好みの顔が近づけてくる。
「俺の事覚えててくれたんだ……」
小さく呟いた彼の顔は嬉しそうに微笑んだように見えた。
「なに言って……」
言い終わらない間に唇を塞がれる。
「んっ……!」
驚いて目を見開く。
ゆっくりと唇が離れる。
「何すんだっ!!」
男を突き飛ばす。
「また、来ます…」
そう言って、くるりと背を向けると立ち去ろうとする。
「だからっ!高校生は…」
俺が声をかけるとそいつは立ち止まった。
「違うよ」
「は?」
「あんたに…会いに」
「はあ?…」
「金曜日に……」
そう言い残して彼は去って行った。
俺に会いにくるって…なんだよ…
手で唇を覆う。
まだ、あいつの唇の感触が残っている。
さっきのキスって……いったい……

店に戻ると、
「おっせぇよ、馨」
と、怒られた。
「ご…ごみが散らかってて…」
言葉がどもる。
怪しまれないように平静を保とうと掃除道具入れを開けホウキとチリトリを片付けようとしたが嘘をついた罪悪感で手元が震え落としてしまう。その行動がかえって怪しさを増してしまった。藤巻は、じっと俺の行動を目で追っている。
「来てたろ?」
「ん?」
道具入れのドアをバタンッと閉め曖昧な返事をする。
「とぼけても無駄だ。防犯カメラに映ってたぞ〜例のイケメンくん」
入り口に設置してあるカメラが2人のやりとりをしっかりと映し出していた。
「見てたのか…」
多分、俺があいつの腕を掴んで店裏に連れて行く所もこいつは見て知っている。
「2人っきりで何やってたのかな?」
さすがに店裏にまではカメラを設置していないので裏で何があったか藤巻は知らない。
「……なんもやってねぇよ」
「ふーん…お前の好みじゃねの彼?」
藤巻は俺が異性に興味がない事を知っている。
「……まぁ」
「気をつけろよ。また遊ばれて辛い思いすんのはお前だから」
「まさかっ…さっきのはそんなんじゃ……」
「さっきのは?…やっぱり何かあったな〜」
マズい…。
藤巻のペースにやられた…。
感の鋭い藤巻を誤魔化すのは無理だと観念した。
「実は…」
ことの成り行きを素直に藤巻に話す事にした。
「なるほど…で、いきなりキス?」
コクンと頷いた。
「多少なりとも脈アリって事か?」
「わっかんね……」
頭を抱える。
藤巻は慰めるようにポンポンっと俺の肩を叩いてきた。
「結局は、お前の気持ち次第なんじゃねぇの?」
「俺の…?」
「お前はどうしたい?」
「どうって…だいたい、まだあいつの事なんも知らねぇし。ましてや、ゲイかどうかわかんねぇし…」
「キスされたんだろ?なら…」
「キスぐらい誰とでもするヤツかもしんねぇだろ…」
さっきのキスは脅迫のようにも感じた。
黙っていろよ…。とでも言っているような…。
「でも、気になるんだろ?」
「……」
「当たって砕けてみたら?」
その言葉で俺の動きが止まった。
時々、藤巻は無責任な言葉を吐く。
傷を針で刺すようにチクリと刺さる言葉を平気で使う。
どんだけツラい事があったのか知っているクセに…。
「………もう…砕けるだけの欠片も残ってねぇよ……」
「……そう…だったな」


あれは2年前の事だった…。
片思いをしていた先輩がいた。
やっと想いが通じたと有頂天になった自分がバカだった…。
もう、二度とあんな想いはしたくない……。




「今日も来ないのかね〜」
藤巻はカウンターに肘をつき俺を見る。
あれから1ヶ月が過ぎようとしていた。
金曜になると挙動不審になる俺を藤巻は楽しんでいた。
「からかっただけだろ…」
4回目の金曜ともなると、さすがにからかわれたと結論づけるしかなかった。
「つまんねぇな〜」
「勝手におもしろがってんなっ」
怒る俺をふんっと鼻で笑うと藤巻は床に置いてある段ボールを指さす。
「店長から売り場に出すように言われたんだった…馨、出しといて」
「頼まれたのはお前だろっ。お前が出せよっ」
「あっ俺、今から休憩入るから〜」
手を振っていなくなる。
「おいっ!」

仕方なく、段ボールを抱えて売り場に出る。
中身は…
「まじか……」
後ろの穴用の玩具が大量に入っていた。
これは刺激が強すぎる…
さっさと並べてレジに戻るか…
手早く商品を並べはじめる。
「どれを試したい?」
いきなり後ろから声をかけられた。
「えっ!…」
振り向くと、ヤツが立っていた。
「お前っ!高校生はだめだって…」
「今は、大学生」
ほらっと、学生証を見せてきた。
写真付きの学生証は確かに本人だった。
本当だ…ってか、あの東城大っ!?
頭も良ければ写真もムカつくぐらいイケメンだった……。
くそっ…写真も好み過ぎる…っ。黙って拳を握りしめた。
「大学生なら問題ないんですよね?」
本人を見ると、にっこり笑ってやがるっ!!
こっちもイケメンじゃねぇか…!
「どうぞ…」
売り場を離れ棚へ促す。
「どれが良いか聞いてるんだけど?」
「そんなの勝手に選べばいいだっ…」
腰を曲げ俺の耳元に顔を近づけると
「シッ……適当に選んで渡して……」
小声で言ってくる。
「は?」
「いいから……」
こいつの言葉通りに適当に選んで渡す。
「いいね。今夜試してみましょうね?」
今度は周囲に聞こえるくらいの声で言った。
(はあぁぁっ?!!いつから、お前と俺はそんな仲になったんだっ!!!)
喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「お会計はあちらです…」
怒りを抑え、そう言うのが精一杯だった。

「やっと現れたね〜彼」
レジに戻ると、嬉しそうに藤巻が言う。
「休憩行ったんじゃなかったのかよっ!てかなんでお前そんなに嬉しそうなんだよっ」
「良かったじゃん」
「何が?」
レジを打ったのは藤巻だ。あいつが何を買ったのか知っている。
「で、アレ今夜試すの?」
「試すかっ!!」
「な〜んだ…つまんねぇ…」
「はぁあああっ?」
こいつは、俺とあいつの会話が聞こえたから戻ってきたんだと確信した…。
藤巻は、冷蔵庫から飲み物を2本取り出すと1本俺に渡す。
「あいつさ…意外と良い奴かもしれねぇよ…」
「どこがだよっ!」
「お前は、にぶちんだからな〜」
そう言ってキャップを開けジュースを飲む。
「うるせぇ」
藤巻は持っていたキャップを閉めると冷蔵庫に戻し真面目な顔で俺を見た。
「砕けた欠片の一粒でも拾ってぶつかってみたら?」
「どういう意味だよ…」
「案外ぴったりはまるかもよ」
「他人事だと思って…無理だよ…」
藤巻から受け取ったジュースを一口飲む。
「まだ引きずってんの?もう2年も前の事だろ。いい加減次に踏み出してみたらどうだ?」
「だとしても…相手はあいつじゃない…」
腕で口を拭う。
「タイプなんだろ?」
「……だからだよ……」
「まだ、怖いのか?」
「あいつは若すぎる…」
「磨けば光る原石じゃねぇか」
「俺にはそんな資格ねぇよ…」
「ふぅ~ん…資格ね〜…それはお前が決めるんじゃなくて相手が決めんじゃねぇのか?まっ、そうやって逃げてばっかりじゃ何も始まんねぇし何も変わんねぇよ。せいぜいつらい過去引きずって悲劇のヒロイン気取って一生殻に閉じこもってんだな。姫」
姫川馨(ひめかわかおる)。俺の名前。女みたいで…大っきらいな……俺の名前だ…。
「お前っ!姫って呼ぶなっ!!!」
「こっわっ!休憩行ってきまーす」
そそくさと藤巻は出て行った。



「やっぱりな…」
藤巻は灯の届かない暗い路地裏に向かってそう呟く。
「レシートと商品出して」
フェンス越しに背中合わせになる。
「え…」
「使わない玩具なんか必要ないだろ?返金するから」
藤巻は手をだした。
「……結構です」
「素直に言えばいいじゃねぇか。助けたかったって…」
「何の事ですか?」
「そうか?じゃあ……薔薇の騎士…って言えばわかるかな?」
その名を聞いたとたん、彼は振り返って藤巻を見る。
「なんで……」
知ってるんだ?…。きっとその言葉が続くだろうと安易に予想できた。
後頭部をフェンスに付けて藤巻は空を仰いだ。
「お前が初めて店に来たあの日、薔薇の騎士って名乗るやつが裏サイトに予告してたのは知ってる。あいつが標的だったって事も。たちの悪い悪戯かもしれないが念の為あの日は警戒してた。だけど、直前になって標的が変わった。名無しってヤツからの提案で…」
「……」
「最初に、あるDVDを買ったやつに標的を変更しよう。と…」
「……」
「お前だろ?提案したのは。だから、欲しくもないDVDを買った…」
「欲しかったから買ったんだ。決まってるでしょ?」
そう強い口調で言うとフェンスを両手で握りしめる。
「そうムキになるなよ…初めて店に入る客は探してる物が見つからなくてキョロキョロしているヤツがほとんどだからすぐにわかる。見つけたとたん無造作に棚から取り出してパッケージを見ないで買うやつはまずいない。大概は出演者と裏表紙で作品を確認するものだ。まっ、どんな作品でも良かったんなら話は別だが…」
「……」
「悪いな。職業柄新規の客見つけたら観察しちまうクセがついちまって…。それに………薔薇の騎士が店に予告を出すのは決まって第3金曜日。だからあの日、お前は金曜に来る。そうあいつに言った。警戒心を煽る為に…で、今日が第3金曜日。また、来てるかもしれないと心配したお前はわざと大きな声であんな事を言った。店内中に聞こえるように言ったのは薔薇の騎士の顔がわからないから。あたかも自分が恋人であるかのように振舞って、あいつを守った。そして今もこうして見守っている……反論があったら聞くぞ」
「……いつから気づいてたんですか?」
「図星か?」
彼は黙って頷いた。
「そうまでしてあいつを守りたいのはなぜだ?あいつの事好きなのか?」
「わかりません…でも気になって…目が離せなくて…頭から離れなくて……」
藤巻は、はぁ…とため息をつく。
「お前、人を好きになった事ねぇだろ?」
「……」
何を言われているのかさっぱりわからないと言う顔をする彼に向かって
「まったく……お前、東城大行けるくらい頭良いんだろ?難しい言葉ばっかり調べてないで、もっと実用性のある言葉を調べろよ。………そういう感情をな…好き。って言うんだよ…辞書ぐらいひいとけ」
「えっ…」
今初めて自分の感情に気がついたと言わんばかりの表情をする。
「まっ、男の俺が言うのもおかしな話だが、あいつ可愛いからな〜」
「あのひとの事好きなんですか……?」
「どちらかと言えば嫌いじゃねぇな」
「煮え切らない答え方ですね…」
クッと笑った。
「あいつとは長い付き合いだが恋愛感情を持った事は一度もない。1番近くにいる友人ぐらいにしか思ってねぇよ。それに俺、モテるから恋人切らした事ねぇし。あんなちんちくりん相手にする程困っちゃいねぇよ」
「ちんちくりん……??」
「背は小せぇし、生意気だし、やる事いちいち子どもだし、メンタル弱ぇし、そのくせ粋がるし…本当あれで25歳なのが信じらんねぇ」
「25歳!?」
「見えねぇだろ?」
「いっても22歳位かと…」
「見た目もガキみたいだからな〜」
「まぁ…」
否定をしないところを見ると、彼も同じ事を思ったに違いない。
悪い奴じゃなさそうだ…
「携帯出して…」
藤巻は自分の携帯にQRコードを表示して彼に見せた。
「俺の連絡先」
彼に読み取るように言った。
「お前明日…ってもう日付け変わったから今日か…夜空いてる?」
「一応…空いてますけど…」
「じゃ、家来いよ住所送るわ…」
「は?」
急な誘いに驚いている。
携帯の時計を見ると休憩時間の終わり5分前を表示している。
「おっと…そのそろ戻らねぇとちんちくりんに怒られる…。大学生は早くお家に帰りなさい」
「でも…」
「安心しろ。薔薇の騎士はもうここへは来ない」
藤巻の言葉に安堵の表情が浮かぶ。
「あのっ!この事はあのひとには…」
馨には知られたくないみたいだ。
「あいつには何も言わねぇよ…そうだっ。お前、名前は?」
「宮ヶ瀬皇一(みやがせこういち)」
ほう…。親指と人差し指を開いて顎を触る。
「……いい名前だ」
藤巻は、ニヤリと笑った。
じゃあな。そう言って藤巻は店に戻って行った。

姫と皇。か、悪くない…。そう呟きながら……。