妖怪村の異類婚姻譚

「――お嬢さん! 大丈夫でしたか?」

 学校から帰宅したとたん、小姫は玄関で肩をつかまれた。血相を変えた様子に驚き、しばし声を失ってしまう。

「……び、びっくりした。青峰(あおみね)さん。帰って来ていたんですね」

 ほっとして笑顔をつくると、正面の彼も安心したかのように頬を緩ませ、手をほどいた。

 青峰は小姫の家に通いで来ている大学生だ。代々、調停者と村長を兼任してきた日浦(ひうら)家だが、「世襲制なんて時代錯誤」との弥恵の言により、数年前、彼が調停者見習いとなったのである。弥恵が忙しい時は、食事や掃除などの家事もしてくれる、親切で面倒見のいい青年だ。

「すみません、私が帰省なんてしている間に……」
「いえ、青峰さんが気にすることじゃないですよ」

 彼は、真面目すぎるきらいがある。「お嬢さん」扱いなんてこそばゆいだけなのだが、何度言っても彼の態度は変わらない。今回のことも、気にするなというだけ無駄だろう。
 気を取り直して弥恵の居場所を聞くと、今は村の会合で出ているという。

「そっかあ。事故のこと、聞こうと思ったのに……」
「事故のこと?」
「私、昔、交通事故に遭ったんです。青峰さんは知らないですよね。うちに来たの、その後だから」

 乙彦の話を聞いて頭に浮かんだのが、十年前の事故のことだ。

 小学生の頃、小姫は交通事故に遭ったらしい。らしい、というのは、小姫に当時の記憶がないからだ。
 後に聞いたところによると、小姫はかなりの重傷を負い、そのため、ショックで記憶を失ったのではないかということだ。どうやらその時に妖怪をひとり助けたらしいのだが、相手はすぐに姿を消したので、何者かは不明だったらしい。

(……乙彦が、その妖怪かと思ったんだけど……)

 帰り道でも聞いてみたが、彼は何も教えてくれなかった。だから、弥恵に確かめようと思ったのに。

「ああ、そのことでしたら、私も噂程度なら聞いたことがあります」
「え、そうなの?」
「はい。でも……。私が聞いたのは、あれです。根も葉もないでたらめというか、面白おかしく改変された作り話みたいなものというか……」

 言いにくそうに、青峰が言葉を濁した。だが、小姫が食い下がると、彼はしぶしぶ口を開いた。

「あくまで噂なんですが……、その場にいた妖怪が、何かを食べているように見えた、と聞きました」
「……何かを食べていた……?」

 小姫は首を傾げた。

 事故現場にいた妖怪が、食事をしていた、ということだろうか。
 だとしたらきっと、事故とは関係のない、通りすがりの妖怪ではないだろうか。少なくとも、小姫が探している妖怪ではないだろう。

 青峰はやはり気が進まない様子だったが、小姫のいぶかし気な表情を見て、意を決したように口を引き結んだ。もう一度、「あくまで噂ですよ?」と念を押してから続ける。

「その妖怪は、頭から血を浴びたのかと思うくらい、血だらけだったそうです。そして、その妖怪が食べていたのが――」


 ――道端に倒れている、女の子の腕と足のようだった、と。