「まあ、当分の間、ということで」
母親がにっこり笑いながら、小姫と乙彦の手を取った。
婚約したといっても、しばらくは妖力の流れが不安定になるかもしれない。それに、結婚までに、二人がもっと歩み寄って仲良くならなければ。
そんなわけで、登下校中は乙彦と手をつなぐことを強制されたのである。
(……知り合いがいたら外す。絶対に、外す!)
乙彦のとがった爪と意外に骨ばった手がちょっと痛い。しかも、血液が通っているのか不安になるほど冷たくて、人との違いを改めて認識させられる。
「あのね、私の旦那さんはね、奥さんをお姫様みたいに大切にしてくれる、優しくてかっこいい王子様みたいな人じゃなきゃダメなの。それに、プロポーズはもちろん情熱的に、雰囲気のいいレストランでね――」
小姫は一生懸命力説した。将来の王子様候補にも、乙彦本人にも、誤解されるような真似はしたくない。
しかし、乙彦は気にした様子もない。
「また、小砂利が何か言っているのです。こんなちびのくせに生意気なのです」
そう言って、扇子で小姫の頭をぺしぺしと叩いてくる。小姫は目を吊り上げると、その扇子を振り払い、ずれたピンの位置を直した。
「――だから、こういう、乱暴で失礼な奴は論外なの! 大体、あんたの妖力でっていうけど、あんた、そんなに大物なの!?」
「力でいえば、中の上ってところなのです」
「なんだ。大したことないじゃない」
小姫は自分の成績が中の下であることを棚に上げて言い捨てた。
「だけど、小砂利を助けるくらいはできるのです」
「う……」
しかし、即座に言い返され、小姫は口ごもった。実際、こうして歩いていられるのは乙彦のおかげなのだ。文句を言える立場ではない。
だが、ふと疑問に思って、小姫は尋ねた。
「ところで、なんであんたは助けてくれるわけ?」
「はい?」
「お母さんが言ってたの。最近は人間と妖怪の仲が悪いから、協力してくれる妖怪なんていないって。なのに、なんで乙彦はここまでしてくれるの?」
高校への送り迎え。異種族との結婚。
妖怪の思考回路はよくわからないが、なかなか面倒なことだと思われる。
そう言うと、乙彦は首をかしげてちらりと横目で小姫を見た。
「母上様から聞いていないのです?」
「? 何を?」
「あなたが、私の命の恩人だからなのです」
「え……」
驚いて顔を上げると、乙彦がそっと髪に触れた。そして、顔をなぞるように手をずらし、頬に添えると小さく笑う。
「……ふ。温かいのです」
「…………」
一瞬だけ、乙彦のまとう空気が緩んだ気がした。
「……ねえ。乙彦って――」
「ほら、着いたのです」
詳しく問いただそうとしたとき、乙彦がパッと手を離した。気が付けばそこは正門の前で、登校中の生徒たちの姿もちらほら見える。
「あ、ありがと――」
小姫がお礼を言おうとして横を見ると、すでに乙彦の姿はなかった。
母親がにっこり笑いながら、小姫と乙彦の手を取った。
婚約したといっても、しばらくは妖力の流れが不安定になるかもしれない。それに、結婚までに、二人がもっと歩み寄って仲良くならなければ。
そんなわけで、登下校中は乙彦と手をつなぐことを強制されたのである。
(……知り合いがいたら外す。絶対に、外す!)
乙彦のとがった爪と意外に骨ばった手がちょっと痛い。しかも、血液が通っているのか不安になるほど冷たくて、人との違いを改めて認識させられる。
「あのね、私の旦那さんはね、奥さんをお姫様みたいに大切にしてくれる、優しくてかっこいい王子様みたいな人じゃなきゃダメなの。それに、プロポーズはもちろん情熱的に、雰囲気のいいレストランでね――」
小姫は一生懸命力説した。将来の王子様候補にも、乙彦本人にも、誤解されるような真似はしたくない。
しかし、乙彦は気にした様子もない。
「また、小砂利が何か言っているのです。こんなちびのくせに生意気なのです」
そう言って、扇子で小姫の頭をぺしぺしと叩いてくる。小姫は目を吊り上げると、その扇子を振り払い、ずれたピンの位置を直した。
「――だから、こういう、乱暴で失礼な奴は論外なの! 大体、あんたの妖力でっていうけど、あんた、そんなに大物なの!?」
「力でいえば、中の上ってところなのです」
「なんだ。大したことないじゃない」
小姫は自分の成績が中の下であることを棚に上げて言い捨てた。
「だけど、小砂利を助けるくらいはできるのです」
「う……」
しかし、即座に言い返され、小姫は口ごもった。実際、こうして歩いていられるのは乙彦のおかげなのだ。文句を言える立場ではない。
だが、ふと疑問に思って、小姫は尋ねた。
「ところで、なんであんたは助けてくれるわけ?」
「はい?」
「お母さんが言ってたの。最近は人間と妖怪の仲が悪いから、協力してくれる妖怪なんていないって。なのに、なんで乙彦はここまでしてくれるの?」
高校への送り迎え。異種族との結婚。
妖怪の思考回路はよくわからないが、なかなか面倒なことだと思われる。
そう言うと、乙彦は首をかしげてちらりと横目で小姫を見た。
「母上様から聞いていないのです?」
「? 何を?」
「あなたが、私の命の恩人だからなのです」
「え……」
驚いて顔を上げると、乙彦がそっと髪に触れた。そして、顔をなぞるように手をずらし、頬に添えると小さく笑う。
「……ふ。温かいのです」
「…………」
一瞬だけ、乙彦のまとう空気が緩んだ気がした。
「……ねえ。乙彦って――」
「ほら、着いたのです」
詳しく問いただそうとしたとき、乙彦がパッと手を離した。気が付けばそこは正門の前で、登校中の生徒たちの姿もちらほら見える。
「あ、ありがと――」
小姫がお礼を言おうとして横を見ると、すでに乙彦の姿はなかった。