――しかし、次の日には左足が消えていた。

「な……、なんで……」

 絶望し、真っ青になった小姫に母親が告げる。

「あらあ。腕だけじゃなかったのね。この調子だと、左半身は全部消えちゃって、外歩くときに等身大の鏡を持ち歩かなきゃいけなくなるかもしれないわねえ」

 実際に鏡を持ってきて、こんな風に、と体の中心にあてて見せる。鏡に映る方の手足をひらひらさせて、飛んでいるように見せる彼女に向かって、小姫は叫んだ。

「そんなバカな!」
「小姫。こうなったら観念しなさい。握手なんて場当たり的な対処法じゃ、いつまでたっても解決しないわ」
「で、でも……」

 王子様が河童になるなんてあんまりだ。それに、十六歳では法律的にも結婚はできない。

「……仕方ないわねえ。結婚が嫌なら、婚約だけでも効果はあるから」

 小姫が泣きながら訴えると、母親はため息をついて妥協案を提示してきた。
 どうやら、妖怪とは口約束でも固く結びつくものらしい。つながりができれば、妖力の交換は接触しなくても可能になる。

「……そういうことなら」

 背に腹は代えられない。小姫がしぶしぶ承諾すると、母親はすぐに乙彦を呼んで契約を交わした。

 おかげで嘘のようにすんなりと左足は元に戻ったが、初対面がアレなだけに、小姫はジトっとした目で彼を睨む。

「これはただの時間稼ぎだから。他の方法が見つかったら、すぐに婚約は解消だから!」
「私も、人間と婚姻なんてごめんなのです」

 乙彦の細められた目と、小姫との間で火花が散る。
 それを、母親が微笑みながら眺めていた。