幸い、その妖怪とはしばらく握手をしていただけで、小姫の左腕は元に戻った。彼をさっさと追い出すと、小姫は母親を問い詰める。

「まあ、落ち着きなさい。ほら、うちの村って、ほとんどの人に妖怪の血が混じってるでしょ? だいぶ薄くなってるけど、もちろん小姫も例外じゃないわ。もしかしたら、あなたは先祖返(せんぞがえ)りだったのかもしれない」

 先祖返りとは、幾代も前の先祖の性質が、過程をすっ飛ばして突然ある子孫に受け継がれることを言うそうだ。
 母親がほぼ人間だから小姫もそうだと思われていたが、実は妖怪の血が濃いのだとしたら、左腕は妖力の塊だった可能性がある。

 何らかの原因で妖力が不足し、そのせいで腕が消えたのならば、どうにかしてその不足分を補わなければならない。それが、乙彦の手を通して彼から妖力を分けてもらうという方法だったのだ。

「……ていうか、私に妖怪の血が流れてるってこと自体、初耳なんだけど……」

 ショックを受けながらそう言うと、母親はころころと笑った。

「今さら何言ってるの。妖怪が見えるってことはそういうことでしょ?」
「そ、そうかもしれないけど……」

 調停者の娘だから、その方面の知識が多少はある。だが、小姫は自分に当てはめたことはなかった。そもそも、妖怪と関わる機会がほとんどないのである。

「確かに、最近は妖怪も減ってきたし、見えない人も多いわねえ。おかげでいさかいも増えてきちゃって……。――そうそう、だからね、妖力を補うために結婚してくれなんて言っても、協力してくれる妖怪なんて乙彦君くらいしかいないのよ」
「だから、何でそこで結婚が出てくるの!?」

「持続的に妖力の補給が必要だからに決まってるじゃない。婚姻をすれば妖怪とのつながりが生まれるわ。腕が消えるたび、いちいち呼びつけて握手したりしなくて済むのよ」
「それだけのために結婚なんて論外よ! 第一、前から言ってるでしょ。私の理想は、格好良くてスタイル良くて優しい人なの!」

 小姫は、ようやく戻った両手を胸の前で組んで目をつむった。
 さらさらした髪で優しい目をした王子様。彼と運命的な恋をして、都会でバリバリ働きながら愛に満ちた結婚生活を送るという夢があるのだ。妥協は一切ありえない。

 しかし、その空想に、バカにしたような視線を投げかけてくる乙彦の顔が割り込んだ。小姫の額に青筋が浮かび上がる。

(――何があったって、絶っっ対に、あいつだけはありえないから!)

 心の中で宣言し、小姫は授業の準備をして高校へ向かった。