妖怪村の異類婚姻譚

 日無(ひなき)村。

 世間から忘れられた山奥にある、小さな村だ。昔ながらの個人商店がぽつりぽつりとあるくらいで、いわゆるチェーン店などは隣町にしか存在しない。

 ここでは長らく妖怪と人間が共存し、両者の間でいさかいが起こった際には、調停者と呼ばれる者がその仲介役を担ってきた。
 調停者はすなわち日無村の首長でもある。現在の村長を務めるのは、小姫の母親にあたる弥恵(やえ)だった。彼女は悲鳴を聞いて部屋に駆けつけると、「あらまあ」と目を丸くした。

「どうしたの、それ」
「どうしたのと言われても……」

 それがわかれば苦労はしない。

 小姫は涙目で助けを求めた。痛みはないのだが、そもそも腕が消えるなんて、気持ちが悪くて仕方がない。病気ではないだろう。こんな奇怪な現象は、十中八九、妖怪がらみに決まっている。

 幸いなことに、弥恵は妖怪の専門家である。きっと解決する手段を知っているだろう。そう思って、小姫はすがるような目を弥恵に向けた。
 しかし、弥恵は左腕があるはずの場所をしげしげと眺めると、おもむろに口を開いた。

「これは……、なんだか全然わからないわね」
「……えっ?」
「でも、妖怪の仕業には違いないでしょう。となると……、これしかないわねえ」

 弥恵は難しい顔をして、人差し指をピンと立てた。

「――小姫、結婚しましょう」
「――はあ!?」

 ちょっと待て。

 小姫は右手で母親を捕まえようとしたが、彼女はくるりと身をひるがえしてその手を避けた。

「うん。やっぱりこれしかないわ。いつか、こんなこともあろうかと、目星はつけてあったのよ。ふふ、安心して。今、すぐに連れてくるわね」

 一方的にそう告げると、彼女はさっさと部屋を出て行った。小姫は呆気に取られてそれを見送ってから、遅ればせながらドアに向かって叫ぶ。

「つ、連れてくるって、誰を!?」

(そして、結婚って何!?)

 弥恵の言っていることは意味不明だ。理解がまったく追い付かない。

(っていうか、結婚って何!?) 

 腕がなくなっただけでもパニックなのに、さらに爆弾を落としていくとは何事か。頼りになるはずの弥恵を恨めしく思いながら、小姫は静かに部屋を出た。

 歩くにも何をするにも、左側が心細くて落ち着かない。しかし、部屋にひとりきりでいる気にもなれず、居間をうろうろしていると、玄関の方で音がした。

 話し声が聞こえてくる。弥恵と……、若い男性の声だ。

 日ごろから出入りしている青峰かと思ったが、漏れ聞こえてくる単語からすると違うようだ。彼らは玄関から上がるとふすまを開け、そこで小姫と対面した。

「あら。ちょうどここにいたのね。小姫、紹介するわ。乙彦(おとひこ)くんよ」

 弥恵が笑顔で引き合わせたのは、着物姿の青年だった。高い身長のわりには、童顔でかわいらしい顔立ちをしている。くりっとした目を笑みで細くし、扇子で口元を隠しているのが、どこか浮世離れした雰囲気を感じさせた。

「彼はね、河童の妖怪なの」
「河っ……童?」

 今度は河童か。
 すでに飽和状態の小姫は、もうそれくらいでは驚かない。

(……ああ、はいはい、河童ね、河童……。妖怪の中でも有名な部類よね……)

 そう言われれば、外に広がる髪や、とがった耳が、河童っぽく見えなくもない。

 しかし、ほぼ人間と変わらない容姿である。半信半疑のままじろじろ見つめていると、それまで黙っていた乙彦が、ゆるりと口を開いた。

「母上様の娘にしては、ちんちくりんな小砂利(こじゃり)なのです」

 首を傾けた拍子に、左耳に着けた笹の葉飾りがしゃらんと揺れる。小姫はぽかんと口を開けて、初対面の男を凝視した。

「……え?」

 今、暴言を吐かなかったか。しかも、妙な口調で。

 唖然とした顔を向けたが、彼は素知らぬ素振りで扇子を広げている。そんな二人を見て、弥恵が感想を述べた。

「まあ、結構お似合いじゃない。よかったわね、小姫。素敵なパートナーが見つかって」

 のんきに笑う母親を見て、小姫はさっきの言葉を思い出した。

 ――小姫、結婚しましょう。

(……まさか、この男と!?)

「こ……、こんなやつと結婚なんて、絶対にやだ!」

 小姫が断固拒否したのは、言うまでもなかった。