小学一年生の夏、小姫は記憶の一部を失った。

 あれは確か、母親に頼まれて夕食の買い物に行った帰りだった。川の側で同年代の男の子たちが何かをしていて――。
 ――気が付いた時には、小姫は病院のベッドに寝ており、周囲を家族に囲まれていた。

 車に轢かれたんだよ、と、後で教えてもらった。出血も多かったはずなのに、擦り傷と数か所の打撲しか見当たらないのは不思議だと、医者は首をかしげていた。

 そうだ。あの時……。

 記憶の断片が、うっすらと浮き上がる。

 目が覚めてから数日後、左腕を見て思ったのだ。

 ――こんなに何もない、きれいな腕だっただろうか、と。

 草むらに分け入った時に細い葉で切った傷のかさぶたや、寝てる間にぶつけてしまったあざがあったのは、左腕じゃなかっただろうかと。
 思い過ごしかもしれない。記憶に自信がなくなった小姫は、そう思って、そのうち忘れてしまっていた。

 しかし、あれが気のせいではないとしたら――?