妖怪村の異類婚姻譚

 小学一年生の春、小姫は記憶の一部を失った。

 おそらく、弥恵に頼まれて夕飯の買い物に行った帰りのことだった。川の側の道路を歩いていて、その路肩ぎりぎりのところに少年がいたのを覚えている。

 ――しかし、その後、何があったのかがわからない。

 気が付いた時には、小姫は病院のベッドに寝ており、枕元には弥恵がいた。

 車に轢かれたのよ、と、後で教えてもらった。出血も多かったはずなのに、擦り傷と打撲しか見当たらないのは不思議だと、医者は首をかしげていた。

(……そうだ。あの時……)

 記憶の断片が、うっすらと浮き上がる。

 目が覚めてから数日後、左腕を見て思ったのだ。

 ――こんなに何もない、きれいな腕だっただろうか、と。

 草むらに分け入った時に細い葉で切った傷のかさぶたや、寝ている間にぶつけてしまったあざがあったのは、左腕じゃなかっただろうか、と。

 思い過ごしかもしれない。記憶に自信がなくなった小姫は、そう結論付けて、そのうち忘れてしまっていた。

 しかし、あれが気のせいではないとしたら――……?