かつて集団失踪をした内の一人であるBさんは、私の曾祖母と仲がよい友人でした。私の悩みを曾祖母に打ち明けた時、Bさんも同じ悩みを抱えていると教えてくれました。それから、Bさんを紹介してくれました。
Bさんは、娘さんご夫婦と一緒に昔ながらの平屋に住んでいました。Bさんは曾祖母の言う通り若々しかったのですが、想像以上だったので驚きました。
「年を取るのが下手になっちゃったのよ」
Bさんは面白いことを言う方で、年代は違うといえど出身校や地元は同じなので会話も弾みました。しかし、Bさんはふと、不思議なことを口にしたのです。
「木に登って見下ろすと、月の上に田んぼが並ぶのが綺麗でね。たまにかえりたくなるの」
隣で聞いていたBさんの娘さんは、「ごめんなさいね、少し呆けてしまっているの」と謝っていましたが、私はBさんは呆けてなどいないと思います。Bさんが話した場所を、私は知っていました。
そこはあまり人気のない山の近くなのですが、棚田があるのです。傾斜地に連なる田んぼに水を張っている時期は水面の反射が美しく、棚田を見下ろせる高台の木に登ると、天気のいい日の夜は下に月が見えるのです。
傾斜地にある棚田の一番下には、■■沼があります。
Bさんは、■■沼にかえりたくなるのでしょう。
その気持ちは私もよくわかります。
しかしその願いはきっと叶いません。
Bさんも私も、水が怖いのです。
後日、Bさんが亡くなったことを知りました。
Bさんは黒い死体となりました。
きっと救われたのでしょうね。