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 二画 了

 ごめん、なさい、手が……震えてしまって。
 ここにくるまでは、気持ちを強く固めてきた、つもりでしたけど……やっぱりだめだったんです。
 私は……見ちゃったから。見てはいけないものを、半強制的に。
 私の名前は三浦千寿。昨日ホームページを見て、学校終わりに立ち寄りました。
 ココア……ありがとうございます。外が寒かったので、おかげで、体があたたまりました。ごちそう……さまでした。
 求めているのは、山梨一家四人を意識不明の重体にさせた火事現場の写真、でしたね。
 もちろん持っているから、ここに来ました。
 お見せする前に、一つ、いいですか?
 あなたは何のために、この事件について調べているのですか?
 ……なるほど。あなたが記者だから、この事件は読者が食いつく記事だから、だから調べていると。
 まっすぐな思いをお持ちなんですね。……凶器に満ちている。
 私がここにきたのは、この悲惨な事件にどうしても協力したくて。
 火事を起こした犯人を捕まえること、私が望むのはただそれだけです。
 こちらが写真になります。コンビニの帰りに、公園の前を通り過ぎようとした時、遠くのほうで見つけました。
 あの家は坂の上にあるから、この公園からでも火事は、見えるわけです。
 一家四人とはいえ、私が目撃したのは、一人です。
 中学三年の山梨鳳翔くん、です。
 何で、名前を知ってるか……私はあの家に頻繁に行っていたので。
 何故……私は鳳翔くんのお姉さん、月衣と、親友、で。
 知り合ったきっかけはSNSです。学校での愚痴とか話してあっていくうちに、わりと離れてない場所に住んでることが、分かって。
 そう、同学年である月衣は、一時間先にある私の学校にも届くほど美人で有名だった。
 私は人から顔をさされて笑われるようなタイプで、偏差値が低すぎて笑われるくらいの高校に通い何の特技もないけど、月衣の隣にいる時だけは確実に自分に自信を持てた。
 月衣に出会ってから、私は、ストレスの解消を、見つけられたんです。
 だから支えてもらった分、私も月衣の支えになりたいと思った。
 親友になったからこそ、親友である彼女の弟には家に遊びに行ったときは、勉強を教えたり、ごはんを、作ってあげたりも、しました。
 月衣はそれを喜んでくれて、親友の笑顔を見ると私も、とても、嬉しくなりました。
 鳳翔くんの趣味は絵を描くことで私は彼のスケッチブックをひっそりと覗いたことがあって、すごく才能があるように見えた。
 今も、部屋の、本棚に、あります。
 話を戻します。写真の鳳翔くんを見てどう思いますか?
 炎に包まれた部屋の隅で逃げ場を失い、三角座りして震えていました。
 近くに小窓があって、あの窓なら突っ込むように入ればぎりぎり外へ出られた。
 火事で怖かったんでしょうね、とても。だから体が硬直してしまって、思うように動けなかった。
 鳳翔くんの性格ですか? もともと、大人しい子、ですよ?
 人の話をこくこくと頷く子で……。自分の気持ちを我慢して他人に尽くしてくれるような子です。
 でも半年前、中学三年の夏に引きこもっていて学校に行っていないようですが、理由は、分かり、ません。
 火事の時……そうですね、私の位置からは他の家族は見えませんでしたよ。
 え、どうしても鳳翔くんが小窓から逃げなかった理由が気になる?
 だから、先ほどお話ししたように、体が、硬直、し、て……。
 何ですか? 写真をまじまじと見始めて。
 あ、そろそろその写真返してもらっていいですか? 私、これから、用事が、あるので。
 ……何で返してくれないんですか? 私のですよ?
 え、写真に気になるものが写ってるって?
 鳳翔くんですか? 重複した会話になりますがかわいそうですよね、怖くて動けないなんて。
 え、違う? ……待って、どういうことですか?
 鳳翔くんは窓からわざと逃げなかった。
 は……? そんな、ばかな。火事が起きてるのに。死ぬ覚悟で、逃げなかったと。
 鳳翔くんの中で死ぬ覚悟をするほど隠したい何かがあった?
 すいません、やっぱり写真は返してもらいます。
 私があなたにお願いしたのは火事を起こした犯人を捜すことです。
 目的がそれるなら、私はこれで失礼します。
 ……どうして扉の前に立ちはだかるんですか?
 話を聞いてほしいと。……何ですか?
 写真をもう一度見せてくれと? 何で?
 隠したい何かがあるから帰るんですかって、失礼な人ですね。
 分かりましたよ、もう一度写真を渡せば満足ですか?
 話、聞かせてください。でもあなたの要求を呑むので話を聞いたら帰るという私の条件も吞んでくださいね。
 何故、鳳翔くんを指さして私に写真を見せつけてくるんですか?
 顔をよく見ろ? 表情はしっかり分からないですね。でも何度も申し上げていますが火事で怖がっていることに間違いはないですね。
 ……痣、どこに? 複数ある? いやいや鳳翔くん距離が離れていてそんなの見えませんよね。
 見える? 影じゃないですか? 違う? ……そうですか。
 ああ、分かりました。あなたは鳳翔くんは虐待されていたということが言いたいんですね? 誰に?
 ええ、そうですね。私は確かに『支えてもらった分、私も月衣の支えになりたいと思った。』とあなたに言いました。
 ……さあ、約束です。あなたの話を聞いたので、私は帰ります。
 あなたは火事の事件の中に何かを隠そうとしてる、って? 火事が起きたのは私にとって不都合だったと?
 最初に申し上げた通り、私が望むのは火事を起こした犯人を捕まえることです。
 ……私は、虐待なんて、していません。親友を助けたいだけです。
 今も手が震えているのは何故かって? さあ、何のこと、ですかね? 真実を語るのはこれ以上偽善でしかない……失礼します。

 ーー立ち去った三浦千寿のコートのポケットから落ちた小さなメモを拾った。
 先ほどの手の震えから、彼女が何か秘密を握っているのではないかと感じた。
 だからすぐに後を追いかけずに、僕はそのメモを広げた。

 ○月×日。
 あんなに仲良くしていたのに、突然期間が切れたなんて言われた。
 条件をクリアしたら一日ずつ友達の期間を伸ばしてくれるんだって。
 そうだよね、今までが、おかしかったんだ。
 私みたいな顔をさされて笑われるようなタイプで、偏差値が低すぎて笑われるくらいの高校に通う何の特技もない子が
 無条件で、あなたの側に、いられるなんて。
 友達期間は、あと一日で切れるんだって。

 ○月×日
 期間を延ばす条件は、あなたの嫌いなものを壊すこと。
 一分間でいいんだって。私のその一分間の行動で必死さが伝わればいいんだって。
 条件は簡単そうに見えて簡単なことじゃなかった。でもそうだよね。
 簡単だったら私があなたの隣にいる条件としてふさわしくないもんね。
 あなたのために頑張ったら、最初にしてはよくやったねと、友達期間が一週間も伸びた。

 ○月×日
 あなたの嫌いなものがだんだんと壊れていく。
 最初はそれを見るのが辛かったけど、だんだんとあなたの側にいられるのなら、なんでもいいと、思えてきた。
 だって私の側にいてくれる人はあなたしかいないから。
 その嫌いなものに、最近、嫉妬心さえ、覚える。だって嫌いなもののことをなんだかんだあなたはずっと考えてるから。
 ……あなたは自分で嫌いなものを壊すのは、手が汚れるから嫌なんだって。
 だから私は近々、もう全部、壊そうと、思う。
 そうしたらあなたは嫌いなもののことを考えずに済む。
 気持ちを固めていたのだけど、火事が起きた。
 あの火事を目撃した時、彼が大事そうに抱きしめていたスケッチブックが見えた。
 その時、初めて私は神様に言われた気がしたの。
 もうこんなことばかげたことはやめなさいと。
 だから今更になって、自分の罪の代償が痛くなって。
 でももうどうしようもなくて、ただ静かに涙がこぼれた私には、
 あの火事の事件の中に全てを閉じ込めることしか方法がないと思った。
 あなたの壊したかったものを壊したら私の大切なものが壊れてしまった。
 後戻りはもうできないと思う。

ーquestionー
 三浦千寿と山梨月衣の関係性、三浦千寿と山梨鳳翔の関係性について。


 僕はメモを閉じた。
 これは返さないことにしよう。
 この事務所以外で落としたということにしておいたほうが、いい気がする。