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 海野真希です。
 あれから進展があったのか知りたくて、突然お邪魔してしまって申し訳ありません。
 留守電聞きました。これまであなたが情報提供してくれた人のこと私に教えてよかったのですか?
 え、今日は留置所で久本亮廣とお会いする予定があるんですか?
 では、なるべく手短に。
 今日はご紹介したい人がいてご連絡してあなたに会いに来ました。

 狂愛=「 」

 誰のことかもう分かりますね。
 あなたの留守電を聞いてこれでようやくあなたに証拠になる写真を提示できます。
 一番最初に申し上げておくと火事の写真ではありません。
 ここに写真があります。
 一枚目は山梨文仁、いえ、久本文仁の写真です。彼には家庭があった、二つ。
 二枚目は久本亮廣。久本家の長男の写真。
 三枚目は久本佐久真、あなた。あなたは久本家の次男として生まれて、火事により死亡したことになっている。文仁は不倫関係にあった真弓との間に一人子供がいた。金遣いが荒く経済的に一人で育てることのできなかった真弓は文仁にその責任を押し付け、文仁は自身が働く児童養護施設から養子を迎え入れたいと嘘の事情で妻を説得し、あなたは久本家の次男になった。久本家の火事の後、真弓はいくら血が繋がれど文仁が愛した妻と過ごしたあなたを毛嫌いした。だからあなたは火事で死亡したことになり山梨家の隠し子として幼少期からあの家で家から出されずに家族との関わりもあまりないまま山梨家の屋根裏にある隠し部屋で育ってきた。その時使用が許されていたパソコンで費用を稼ぎ、今の会社を設立されて記者になっています。
 この情報で確かなのはあなたは久本家の次男であり、山梨家の隠し子であること。
 そしてあなたには現在戸籍がありません。
 四枚目は久本涼香、あなたの母親。彼女は不倫関係にあった文仁と山梨真弓の間に子供がいたことを知らない。先日児童養護施設であなたの名前を使わせてもらってあなたが火事の事件を調べていると伝えたら関係あるかもしれないと施設長からそのお話を伺うことができました。
 あなたの兄、久本亮廣が火事を起こして逮捕された際、カウンセラーとして私は久本亮廣から久本家の家庭のことについて伺いました。久本家は裕福で家族の話が絶えないあたたかな家庭だったと聞いています。
 あたたかな家庭であることは知っていたけど手元にあった写真は久本亮廣のものしかなかった。あなたと……一枚を除いて。
 だから私なりに調べていた、どうか関わりがないようにと。
 だって私は仕事でたくさん助けてもらった山梨文仁に恩があるから。
 私は心理士なのでどちらの意見も真っ向から否定したりはしません。
 犯罪を犯すものもそうでないものもどちらも助けてあげたいとは思います。それが仕事だと思っています。
 だけどもう見て見ぬ振りもできない、調べ切ってしまった。
 あなたの留守電を聞いてすべてを悟った。
 人とは平等に話を聞き、支援する。そんなことはもう……できません。
 私は尊敬していた上司の子を犯罪者として突き出します。
 あなたもそれを、望んでいますね?
 最後の写真です。
 五枚目の写真は久本俊哉、あなたの弟です。
 久本俊哉は久本一家火事事件の生き残りとされています。
 あなたを養子に引き取った後に文仁と涼香の血を受け継ぐ子供です。
 あなたの弟は、唯一久本家の血の受け継がないあなたのことが好きですね?
 あなたも感づいていましたか、だから俊哉と名前で呼ばないんですね。
 そう、彼はあなたを兄弟として見ていない。
 兄弟に対する愛情はない。本気で恋愛対象としての好きで、異様な好きで、
 だからあなたのためなら手段を選ばない。
 だからあなたが久本家の血を受け継いでいないと分かり、なおさら。
 文仁に好意を持ち、真弓が言い寄っていたことを知った久本俊哉はある行動に出ました。
 それが久本一家の火事事件です。
 彼は頭がいいんですね。自分が捕まることなく久本亮廣を犯人に仕立て上げ、文仁と真弓を一緒にして隠し子であるあなたの居場所を作ろうとした。彼は久本亮廣の顔に整形し、事件後、整形技術の可能な限り近い形でもとの顔に戻した。
 あなたに感謝され、自分に愛情を向かせるために。
 久本亮廣は自身が犯人ではないことを言えなかった、あなたの存在が世に出ればニュースになりあなたの行き場がなくなることが予想されたから自分が身代わりになった。
 久本俊哉の中でそれで事件解決とは……ならなかった。
 久本俊哉に予想していなかった事態が起きた。
 久本一家火事事件は本来、久本涼香を殺害するためのものであって、久本涼香と犯行をなすりつけるための久本亮廣と火事の目撃者として久本文仁が同じ時間に自宅にいればよかった。たまたま居合わせたあなたに危害を加えることは考えていなかったはずです。
 もう一つは
 隠し子として存在するあなたの居場所はあちらにもなかったこと。
 山梨家にはすでに二人の子供がいた。山梨月衣と山梨鳳翔という二人が。
 真弓は血のつながるあなたのことを受け入れなかった。
 文仁はその考えを無情にも受け入れた。
 久本俊哉は抱いていた愛情からまた決意する。
 隠し子であるあなたの居場所を作るために二つの火事を実行した。
 あなたが集めている情報の中でデマを流している人物、久本俊哉は私だと言っているようですね。
 デマ情報を流しているのは私か、彼か、それとも第三者か、
 あなたならきっと分かってくださるのではないかと思います。
 そうですね、彼はあなたのことを救いたかったんでしょうね。それを私から聞いたあなたは今、どんな気持ちですか?
 ーー私とあなたは過去に接触はなかった。
 私は山梨施設長と共に働かせてもらっていたけど何も知らなくて。
 病んでいたのは久本亮廣ではなくて本来あなたのほうであったはず。
 よくここまで戦いましたね。久本亮廣も久本俊哉もあなたに救うという考えに関しては同じように感じました。
 でも親とか兄弟とか血のつながりはもう関係ない。
 私も血の通った人間です。
 正義が何なのかは最終的に自分で決めたい。
 あなたはずっとこの人物を不審に思い、山梨一家火事事件を機に久本亮廣になりすまして情報を集めていた。
 向井忠久と同じように、ずっと犯人に心当たりがあったから。
 デジタルには疎い人物は普段テレビもラジオもSNSもやらないものだから、火事に巻き込まれ大けがをしたまではよかったけど、逮捕されたはずの久本亮廣が何故存在するのか分からないわけです。
 だから分からないふりをして久本亮廣にとりついて助けているようで陰でずっと見張っているわけです。
 自分の嘘がばれないか。どうしてそんな状況になっているのか。
 私が山梨施設長の恩を抱いて救いたいのは、山梨施設長、いや、久本施設長の二人の息子だけです。
 久本亮廣にコンタクトを取ります。
 私はここで失礼しますね。

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 先日
 久本亮廣から手紙が届いた。
 真っ白でくしゃけていて
 何を書いたらいいのか迷って、何かを伝えたかった、そんな空白の手紙。 

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 海野真希から話を聞いた後、
 久本亮廣に会いに行った。

「長い戦いだったな」

 一言、遠い目で表情を変えないように、でも目の奥に涙を滲ませて、彼は僕にそう言った。
 証言は揃った。知りたかった情報を僕は知った。
 情報をまとめたら、今こそすべての写真を見合わせよう。
 真実を知りたくない。本当はそう思っている。
 でも今の僕は久本亮廣を演じていたせいではなく、心から久本亮廣と同じ気持ちだ。