「うむ、活躍は聞いているぞ。よくやったな少女よ。流石は私が見込んだ逸材だ」

 あの一件から数日後。
 例によって例の如く、街を歩いていると、全っ然関係ない全くの赤の他人であるあの不審者のおっさんに話し掛けられた。

「皆さんここに不審者が居ます! 不審者が居ますよ!!」

「わあああ!? ま、待ちたまえ! 分かった! ちゃんと話しをするから! だからその拡声器を下ろしてくれ!!」

 私の持つ拡声器を取り上げると、それを地面に置いて話し始めた。

「実はな、先日の魔導院の一件、私には見えていたのだ」

「はあ、で?」

「あのような邪知に富んだ蒙昧(もうまい)の輩が国の重要機関を担うなどあってはならない事である!」

「そうですね。で?」

「そこで私は考えたのだ。かの聡明なランブレッタ公の娘であり、稀代の魔導士との噂も密かにある君の手で成敗して貰おうとな」

「ご自身でやられては駄目だったので?」

「残念ながら、私には表だって動けぬ理由があった。だが、君はこの件を快く引き受け、私の期待以上の働きをしてくれた。この目に一寸の狂いも無かったという訳だな。その上、今は勘当された身。公的な立場を気にする事なく好きに動けるという、まったく都合の……いや、身軽な身で助かったぞ。あははははは!」

 いつ誰が快く引き受けたっていうのよ。無理やりやらせといて。
 ああ、もうムカついた! 好き勝手言いやがって!!

 目の前で高笑いを浮かべるおっさんの覆面に手を掛けた。
 
「こなくそ!!」

「いきなり何をする!? や、止めるんだ! 仮にも覆面で顔を隠している者の素顔を暴こうなどと!!!」

「うるさいですわ……ッ!!」

 剥ぎ取った覆面の下から現れたのは……。

「…………へ?」

「くっ、バレてしまっては仕方無い。そう、私だ。お前の元父、現ランブレッタ家当主であるタジラート・フォン・ランブレッタだ。驚いて声も出まい」

「え? ホントにお父様ですか?」

 何故ならその人物は、まぶたを青く腫らし、頬に引っ掻き傷を大量にこしらえた、それはもう見るも哀れなお姿だったからだ。
 正直、今の見た目で自分の親父殿などと判別出来無いでしょうよ。

「な、何でそんな事に!?」

 そこでふと思い出した。
 そういえば、長年ランブレッタ家に仕えるメイド長のレンレンさんから聞いた事がある。

 父は過去にニ度、半殺しにされた事があるらしい。
 一度目は私のお母様との浮気がバレて、当時婚約者だったママ上様に……。
 二度目は妹が生まれた際、男児が生まれたと勘違いしてボルディの名前で勝手に届け出を出してママ上様に……。

 それでいけば今回も。いや、そうに違いない。

「ママ上様にボッコボコにされたんですね? ご愁傷様」

「ち、違うぞ! 何を言ってるんだお前は!? 娘を利用する為に家から追い出した事がバレて激怒した妻に一方的にやられるなど、お前と血の繋がった男がそんな情けないはずがない、居るわけがないだろうそんな男が!!」

 居るじゃないか。私の目の前に、哀しい事に。

「……ふ~ん、そうなの。お父様ってばお強いのですねぇ」

「そうだとも。私は昔、若い頃はそれはもう! 襲い来る悪漢や凶悪な魔物やらを千切っては投げ千切っては投げ! と、御婦人方の視線を独占する程に強かったのだ。今でこそ牙を休ませているが、断じて妻の尻に敷かれてなどいない! 無いったら無いのだ!!」

 そう断言するも、判別出来ない程に変形した顔面では一切の説得力が無い。
 ……私この男と血が繋がってるんですよ? やだぁ。

 私の冷えた視線を受けてか、さらなる弁解をすべく私の肩を掴んだ。

「ま、待て! これはな、人工魔物が出た際に、お前が戦いやすいようにわざとああいう手段をとったのだ! 私も実の娘を追い出すのは辛かったのだ!! 分かってくれるな愛娘よ?!」

「あら、まあ。素敵! 流石はお父様ね! 娘の事をそこまで想ってくれているなんて感激ですわ。……ああ、元でしたわね。申し訳ありません。では今後は赤の他人という事で、さようならです」

「ま、待つんだ!? 仕方なかったのだ! 婚約も破棄されたし、口実として渡りに船だったのだ!!」

 そう言って、その場を離れようとする私を引き止める為に肩を掴むおっさん。
 この場合、不審者に対する対応は決まっている。

「きゃあ!」

 私は悲鳴声を目いっぱいに上げて相手のボディーにレバーブローを決める。
 
「ぐべわ!?」

 肝臓周辺に深い衝撃を与えられた不審者のおっさんはそのまま泡を吹いて倒れた。
 ああスッキリした!

 これは特に関係無いけど、巻き込まれてしまったミエラ君の分だ。


 ◇◇◇


 私はミエラ君が入院をしている病室を訪れていた。
 吹き飛ばされた彼は、肋骨や鎖骨を骨折していたが命に別状は無かった。

 一安心したぜ。結果を知るまで内心冷や汗もんでございましたわ。

「その後お加減いかが?」

「ああ、コルニーさん!? こ、こここんな見苦しい姿を見せ、ってしまうなんて! ご、ごめんさい! ……結局僕は貴女の為に何も出来ませんでした」

「いいのよ。あれは貴方の責任じゃないわ。……あと、悪いこと言わないから転職しなさい。それが貴方の為というものよ」

「いえ、それでも!」

「いいから、ね? ほら、これでも飲んでお飲みなさいな」

「あ、ありがとうございます」

 私は差し出したのは、店で取り扱っているカフェオレだ。
 友人の見舞いに行くとマスターに言ったら水筒に入れて持たせてくれた。

 それを飲むと、彼の表情は少しだけ和らいできた。

「美味しい……」

「そうでしょう? ウチの店の自慢の一品だもの。どう? 気分が良くなったかしら?」

「はい。あの、でもどうして?」

「私が好きでやってる事だもの。気にしないでね」

 そういえば、こうして面と向かって話しをするのは初めてじゃないだろうか?
 学園時代じゃクラスメイトとといってもあまり話す機会が無かったから。

 あまり誰かと居た所を見たことが無い彼。
 でも、頭が良くて教師たちの覚えは良かった彼。
 その頭の良さが災いして、よりにもよってあんな所に就職してしまった彼。

 ミエラ君も頑張っているのに……。
 どうしてもイマイチ報われない、可哀そうな子だなと思う。

 ……よしっ! 決めた!

「ねえ? もし良ければだけど、退院したら私の働いているお店に来てみない?」

「え? そ、そんな! ぼ、僕なんかが行ってもいいんですか!?」

「ええ勿論。むしろ来て欲しいくらいよ」

「……で、でも」

「もう決定! はい決定! だから、早く怪我を治して退院して。ね?」

 そう言って微笑むと、彼は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 ……ふふふ、可愛いところあるじゃん。

 何というか、どっか放っておけないのよね。
 弟を持った姉の気分とはこういう事なのかしら?

 その後も暫く、時間の許す限り彼と他愛の無い話を楽しんだ。