瞬と私の関係は、典型的な幼馴染み。

家が隣で私と瞬の歳が同じだったから、10年前、私が5歳の頃に引っ越ししてきてから私達はすぐに仲良くなった。

明るくて無邪気な瞬は、引っ越してきてまだこの町に慣れていない私の心をいとも簡単に解きほぐした。 

「僕、君と仲良くなりたい」

太陽のような笑顔でそう言った瞬。

単純な私の心はそれだけで明るく、暖かくなったのだ。

恥ずかしくて口に出すのは無理だったけど、私の大切な、大好きな幼馴染み。

「瞬…………」

誰もいない部屋で、1人で呟く。

何も考えられなくて、呆然とする。

どれほど時間が経ったのだろうか。

いつの間にかお父さんも帰ってきており、階下から2人の会話が聞こえてくる。

「その、瞬くんは、どうして亡くなったんだい……?」

「それが、どうやら川で溺れた4歳の女の子を助けようとしたらしいわ……。その女の子は助かったって。……それが救いなのかしら」

「……そうか。瞬くんは、優しいからな……」

「ええ、本当に……」

そこで、お母さんは耐えきれなくなったのか、泣き始めた。

よく耳をすませば、お父さんの嗚咽も聞こえる。

瞬は運動神経がよかったが、泳ぎは得意ではない。

加えて川は流れがあるだろうし、余計に難しいだろう。

だから、溺れていた女の子が助かったのは本当に奇跡に近いと思う。

この2人の会話を聞いて、ようやく分かった。

本当に、瞬は死んでしまったんだ。

理解した途端、急に涙が出てきた。

ポタ、と手の甲が濡れたと思った瞬間、それはとめどなく溢れてきた。

「……ふぐっ、うぇ、うう……。瞬のばかぁっ……。なんで、助けた本人が、し、死ぬのっ……!」



その時だった。



「ちょっ……!俺、みちるに泣かれるのすっごく苦手なんだよね。泣き止んでよ……」

今1番聞きたいと思っていた、愛しい声が聞こえた。

「……ぇ」

思わず声が漏れる。

「まあ、どうせ見えてないし聞こえてないから無駄なんだけどな……」

その突然の出来事に、溢れていた涙はスっと止まり、少し震えながら部屋に向かって呼びかける。

「……瞬?」


「……へっ?」

また、瞬の声がした。

「あれ、みちる、聞こえているの……?」

やっぱり、瞬の声だ。

聞き間違えるはずがない。

今まで家族同然のように過ごしてきた、大事な人。

この部屋にいるのだろうか。

でも、どこにいるのか分からなくて、キョロキョロ辺りを見渡す。

「う、うん、聞こえる……!でも、どこにいるの?」

「みちるの前にいるよ」

「ほぇ……?」

そう言われ、じっと前を見つめる。

そうすると、モヤッとしたものが視界に写ったかと思うと、それが瞬を形作った。

「えっ……!」

私にはいきなり現れたように見える瞬に驚きを隠せず、息をつめる。

「や、みちる。久しぶりだな……」

そう瞬が言い終わる前に、私の目から涙がこぼれた。

何が何だか分からないけど、とにかく涙が出てきた。

瞬を見て安堵した気持ちや、こみ上げてくる歓喜、愛しさ。

そういったものが全部ぐちゃぐちゃになって、雫となって瞳からあふれる。

「……うっ、しゅ、瞬。本当に、瞬なんだよね……?」

「ああ、そうだよ。俺、瞬だよ」

瞬が、安心させるように暖かく笑うから、さらに涙が出てしまう。

「うっ……。ふぇ、会いたかったぁ……!」

嗚咽が洩れ、うわあぁん、と小さい子供のように泣いてしまう。

瞬はそんな私を困ったような、愛しいような目で見てくるのに、決して触れるほどの距離まで近付かなかった。