『カフェラテ 十五個』

 十五杯も頼むなんて意味わからない。あなたにはそんな人数の取り巻きはいないでしょう。こちらに苦い思いをさせたいんだろう。けれど、


 甘いものを好むあなたとは違うから。


 そう思いつつも、仕方なく行ってあげる。

 あなたのために。今日だけだから。

 こんなにも思いを込めるのは。

 ゴミ箱に雑に入れられているペットボトル。これらは塵が積もり、山となったもの。一人の人間がこれらに入っていた液体を全て飲めば命の危機でしょうね。

 勝った。

 もう一度携帯を見て確認を重ねる。こういうところはまめなのです。

 近づけば自動に開く扉。ついてくる陽気な音楽。

 心情に合っていない。

 夕方の人気のないコンビニが気付けば心地よくなった。

「ずっと暗ければいいのに。この色のコントラストが一番似合う」

 誰からも拾われない声。自らの価値を痛感する。
 
 痛感したってどうでもいい。今日が生きる最後の日だから。

 毎日通知音が必ず鳴っていた。友達など一人もいないのに。

 毎日送られる短文。届ける場所は近いこともあれば遠いこともあった。

 ここまでし続けてあげたのはいつか復讐をするため。

 主にパシってきたあなただけじゃない。その少ない取り巻きさんにもいつか。時が訪れたら。

 冷たい冷たい大きな冷蔵庫を開き、ペットボトルのカフェラテを取り出す。二十本。いつもならぴったり買っていってあげるが、今日だけは、おまけしてあげる。

 以前まではコーヒーメーカーで入れるカフェラテを届けてあげていたが、つい最近、ペットボトルで買った方がコスパもタイパも良いと気付いた。わざわざ業務用の紙のカップホルダーを買ってあげたのに。勿体ない。自分のために使おう。

 もう一つ。二リットルの水を手に取る。あなたが火を噴くように起こっている姿がもう想像できているの。その火を消すために買ってあげる。

「会計お願いします」

「かしこまりました」

 カゴいっぱいに入ったカフェラテと一本の水を見た後、若干引かれた。「何だこの客は」と言いたがるような目で。

「三千五百三十円です」

「現金で」

「五千円、頂戴します」

 青いトレーに置いた五千円。新紙幣。大事にとっておいておこうかなと思っていたが、あまり貯金のない状況では仕方なかった。

「三千三十円のお返しとレシートです」

 レシートを不要レシート入れに入れ込み、店を出た。




 ここからは第二フェーズ。――最後の局面。

 これまでの自分とは違う。もう捨てたのだ。

 気持ちが華やぎ、歩く速度が速くなっていく。

 重い、重い、エコバックを肩に掛けているのに、なぜだか体が軽いのだ。

 場所指定のない日は学校の三階にある空き教室――あなたたちのアジト。

 届ける回数がますます増えていくから一ミリリットルにも満たないかさの幸せを心に注いでいる。

 例えば、いつものコンビニから学校への最短(危険)ルートを見つけたこと。

 今日もまた幸せを注ぐ。それは私の心を満たし、溢れていくぐらいのものだ。

 本日も最短(危険)ルートを辿る。工事をしている路地に入り込み、右側にあるアパートの非常階段を二階まで登り、そこから学校のフェンスに飛び移る。このとき持ち物はフェンスに掛ける。

 変に落ちなくてよかった。今怪我したらせっかくの計画が台無しだ。

 フェンスを下り、校庭の砂に尻もちをつく。

 そこから見回りの警備員にバレぬよう三階のあなたが待つ場所に向かう。

 階段を音を立てずに登る。

 抜き足、差し足、忍び足。

 徹底してバレぬよう移動する。

 今日は、気分が高まっているから不安ではある。

 何とか三階に着き、教室の前に立つ。内側から黒いカーテンを付け、外から見られないようにする徹底ぶり。ここは最上階の端にある教室。空き教室だから警備のマークがされていない。ここに来たらもう安心なのだ。

 ドアを開ける。

「持ってきました」

「ドア開けるときは三回ノックする。そんなん常識だろ」

「すみません」

 馬鹿にしてくる口調で言ってくるので丁寧にノックしてあげた。三回。

「ここに置きますね」

 あなたの座っている机の上に二十本のカフェラテを並べる。

「袋にまだ何かあるだろ」

「自分用に買ったものです。あなたの口には合わないと思いますよ」

「お前、いつもと違うな。キャラ変? ウケる」

 ため息が出た。

「ほら、早く飲みなよ。あなたのために買ってきてあげたんだから」

「は、まだあいつら来ないし。あいつらと一緒に飲むために頼んだし。もう用なし。早く帰れよ」

 キレていると一目でわかるその表情。余裕があるその表情はとても醜い。

「あなたに飲んでほしいの。だから買ってきてあげたの」

「お前そんな性格だった? 意味わからない。もういい」

 二十本のカフェラテを置いて帰ろうとする。机の横に掛けてあった鞄を雑に肩に乗せて。黒色の革鞄。なんともレトロな雰囲気を醸し出すその鞄。心が黒く染まったあなたでも常識のあるように見え、なんともむかつく。

 後方のドアへ向かっている。ドアの前に立ち、満面の笑みを浮かべてあげる。

「全部飲んでもらわなきゃ、帰してあげないかな。ほら、早く」

「そもそも、こんな頼んでない。いらねぇよ」

 嘲笑いを残される。

 今度は前方のドアへと向かっている。鞄の顔が見える。傷だらけで輝きの一つもを失っている。

 勿体ない。

 またドアの前に立つ。

「飲めば、帰れるよ。早く、早く」

「何をしたいんだよ、お前は」

「あなたに痛みの味を教えてあげたい、かな。あなたの顔、傷一つ味わったことがないみたいだから」

 あなたの頬を撫でてみる。少しだけ残ったニキビ跡。気になっちゃうな。

「やめろ。本当に気持ち悪い」

 手を振り払われた。あー。悲しい。

 次は窓の方へ向かっている。反射的に鍵を閉める。もしかしたらここから飛び降りようとでも考えているのだろうか。ここは三階。馬鹿だ。

 カーテンは閉ざされている。一応、忠告してあげよう。

「そこからは出られないよ。有刺鉄線でいっぱいだもの」

 カーテンが開けられた。

 窓の向こうで張り巡らせられている有刺鉄線。

 連日買い物へ出向かされるのに怒りを感じ、気が付いたら購入ボタンを押していた。届いたら夜の学校に潜り込み、この窓いっぱいに張り巡らせてやった。

 こんなにお金を賭けたのだもの。使える日が訪れて良かった。

「何がしたい。ここに閉じ込めて」

「ただ、あなたにそのカフェラテすべてを飲んでほしい。ただそれだけ」

「そんなことして何になる」

 目から完全に光がなくなっている。怖い、怖い。

「何にもならない。あなたの覚悟が見たいのかもね」

「馬鹿にしてるのか。このカフェラテすべて飲む根性ぐらいある。勿体ないからしないだけだ」

「勿体ないなんて思わなくていいの。私が買ってきたんだから、私に決定権がある」

「お前に決定権などない。こっちに決定権があるんだけど」

「耳障り。早く飲んで」

 うじうじと物を言うあなたに怒りという感情を抱く。
 早く終わりにしたい。

「もうわかった。全部飲んだら帰してくるんだろ」

「もちろん!」

 ――保証はしないけどね……

 付け加えた言葉はあなたに聞こえぬよう呟いた。

 事実だもの。

 教室中央の机に戻ったあなた。一杯のカフェラテを手に取り、喉に流している。

 動き続ける喉仏が高揚感を高めせてくれる。

「はー、……」

 息が苦しそう。それでも、

「ほら、どんどん」

 まるでわんこそば。絶望のわんこカフェラテだ。

 二杯目を手に取った。苦しそうな表情を浮かべ飲んでいる。

 ぞくぞくする。

「早く、早く」

 あなたは飲むスピードを何倍にもしていく。それほどあなたにとってこの空間は地獄なのでしょう。

 スピードが早くなる度、思い切り笑みを浮かべてみた。

 嬉しいな。その絶望顔。

 あなたの体の中に消えた八杯のカフェラテ。あなたの目はもうどこかへ行っている。

「ずっとカフェラテじゃ苦しいでしょ。ほら、水あげる」

 床に座り込み、苦しんでいるあなたのことを大事に包み、口に二リットルの水を一気に流し込んでいく。

 あなたが吐き出した水など、かかりたくもないから、角度は調整。

 頬がパンパンとなり、前方に水が噴射された。

「苦しいね。でももう終わるよ」

 ペットボトルに入った水が半分となったとき、抵抗して体を離そうとしていたあなたはもう諦めたよう。目は明後日のほうを向いて、脱力している。

 あなたには明後日も明日もないけどね。

 虚ろになっているその目。力の入っていない体。注ぎ込む度、溢れた分が吐き出されていく。

 ペットボトルが空となった。あなたはもう、動けそうにない。

 その場で優しく眠らせてあげる。鼓動はもう聞こえない。

「ばらしてあげる。あなたへ――」

 持っている最大の愛をあなたに捧げるわ。
 
 それは、毒と化しているの。