次のボランティア活動の日、STEは新宿区にある商店街の、落書きを消すボランティアに参加した。やはり早朝に集まって、軍手をはめ、マスクをし、それぞれ布と薬品を持ってシャッターや壁の落書きを消していった。例のおそろいTシャツを着て。
「今日の課題は、挨拶を元気にしよう、だ。アイドルたるもの、挨拶ができないといけない。大丈夫かな?」
植木がメンバーに声を掛けた。
「はい!了解です!おはようございます!こんな感じですか?」
篤は朝からテンションが高い。
「そうだ!篤、いいぞ!他のみんなも、やってみよう!」
植木がそう言うと、他のメンバーも、
「おはようございます!」
意外に、みんな頑張った。
「ん?瑠偉、言えたか?」
植木は瑠偉を見て、少しからかうように言った。すると瑠偉は、
「おはようございます!」
もう一度大きな声で言った。
「よしよし。大樹は?」
植木は更に大樹の方に向いて言う。
「お、おはようございます!」
ちょっと無理している大樹だった。だが、メンバーが「あはははは!」と明るく笑ったので、大樹のテンションも上がった。
他のボランティアの人たちに加わる時に、メンバーみんなで「おはようございます!」と挨拶をした。落書きを消しながら、人が通ると「おはようございます!」。
「だんだんアイドルらしくなって来たな。」
内海がこっそり植木に耳打ちした。
平日にはデビュー曲の練習をし、ボランティア活動は隔週末に行った。次は群馬県の山に植樹のお手伝い。その次はハロウィンの翌朝の渋谷センター街のゴミ拾い。そして、その直後に季節外れの台風被害があり、次のボランティアは、その被災地でゴミの片付けを行った。
被災地でのボランティアは、隔週と言わず、毎週土曜日に参加することにした。そこには、若い人たちもたくさんボランティアに参加しに来るので、良い宣伝にもなると植木は考えた。
「あの、うちの子たちはアイドルの卵なんですけど、避難所で何かお手伝いできる事はありませんか?」
植木が地元自治体に問い合わせると、それなら何か、避難者を愉しませるような催しをお願いしますと言われた。
「喜べ!君たちの初のお披露目が決まったぞ!」
植木がメンバーたちに言った。
「何ですか?」
流星が代表して問う。
「避難所で、デビュー曲を披露する。」
植木がどや顔をしてそう言った。
「え、え、うそー。やばいやばい。」
光輝がうろたえる。
「なんだ、そりゃ。あはははは。」
篤が光輝をからかい、みんなも笑う。
「だってー、緊張するよぅ。」
光輝が言うと、碧央と瑠偉もコクコクと頷いた。
「大丈夫だよ。練習した通りにやればいいんだから。」
涼が言った。ダンスを披露するのに慣れている涼は余裕である。けれど、歌を人前で歌うのは、みんな初めてだった。友達とカラオケに行く事くらいはあっても。
「牧口先生によると、ステージで歌うっていうのは、カラオケとは全然違うらいしよ。緊張するし、歌詞が飛ぶ事もあるって。」
内海が言った。
「怖い事言わないでくださいよー。」
大樹が言った。
「とにかく、君たちはアイドルだから、まずはお愛想。歌は挑戦的だけど、その前と後は、良い子で可愛い子でいるんだよ。」
内海がそう言うと、メンバーはみなで、
「はーい。」
と声を揃えた。
STEのメンバーは、次の週末にも被災地を訪れた。お揃いの服も買ってもらって、その上に例のTシャツを着る。そろそろもう1枚Tシャツを用意した方が良さそうである。
「ああ、どうも。こちらへどうぞ。」
自治体の職員がそう言って、みんなを案内してくれた。避難所になっている中学校の体育館に行くと、ステージの方へ通された。
「こんにちはー!」
STEのメンバーは挨拶も忘れない。だが、みんな内心はヒヤヒヤのドキドキである。彼らが登場すると、避難している人たちが、拍手をして迎えてくれて、みんなちょっとホッとしたのだった。
「さあ、頑張ろう。もしどっかでミスっても、そのまま続けような。」
流星が小さい声でみんなに言った。みんな、小さく頷いた。
そして音楽が流れ、歌とダンスを披露した。何度も何度も、ぴったり揃うまで練習したダンス。大方上手く行った。ただ、避難している人たちは、ほとんどがお年寄り。他は妊婦さんや小さい子供とそのお母さんくらい。大歓声というわけには行かなかった。だが、みなさんニコニコして拍手をしてくれた。
「俺、けっこう今満足なんだけど。」
パフォーマンスを終えて、まず碧央がそう言った。
「僕も。」
光輝もそう言って、ニコッと笑った。すると、
「ありがとうございました。あの、出来ればまた来週にでも、別の避難所でお願いできませんか?」
と、職員に言われた。植木は、
「はい、喜んで。」
と、間髪入れずに答えた。
帰りの車の中でSNSをチェックすると、いくつかSTEの動画が出ていた。みんなは「わ―ぉ!」と言って興奮した。
「俺、ちょっとミスっちゃったんだよなー。」
篤が苦笑いをして言った。
「こうやって残っていっちゃうんだよね。怖いねー。」
涼が言う。
「なんか、まるで芸能人みたいじゃない?」
碧央がそう言うと、
「そうだよねー、芸能人になった気分だよねー。」
と、光輝が追随した。植木と内海はこっそり笑った。だから、もうアイドルだって言ってるのに。
翌週、前回とは別の避難所へ行くと、
「キャー!来たー!」
と、若い女の子たちが歓声を上げ、
「待ってたわよー!」
と、おばちゃんたちに声を掛けられた。思った以上に歓待され、メンバーはびっくり。
「俺たちさ、そろそろメイクとかした方がよくないか?」
篤がこっそりそう言って笑った。
今回もShoutを披露した。たくさんの中学生くらいの女の子たちが見に来ていて、動画などを撮られた。更に、自己紹介も求められた。実はこの1週間、その練習もしていたのだ。
流星が、
「せーの!」
と掛け声を掛け、メンバー全員で、
「こんにちは!Save The Earthです!」
と、揃って言えた。実は、この1週間の間には芸名論争もあった。
「君たちのニックネームは、マーク先生がつけてくれたやつでいいんじゃないか?」
植木が言い、
「ああ、あのムーンとかウッドとかですか?」
と、流星が言うと、
「えー、俺ファイヤーなんて嫌だよ。」
と、篤が嫌そうに言った。
「ファイヤー篤ってのは?かっこいいじゃん。」
と、瑠偉が本気なのか冗談なのか分からない調子で言うと、
「プロレスラーみたいじゃん!」
と、篤は却下した。
「俺なんてウォーターだよ。かっこ悪いよ。」
涼が悲しそうな顔で言い、
「僕も、ゴールドなんて嫌だー!碧央はクレイだからいいよね。かっこいいよ。」
と、光輝が言った。碧央は、
「うん。クレイでいい。」
と言い、瑠偉も、
「僕もサンでいい。」
と言った。
「まあ、今後海外向けには英語名の方がいいと思うんだけどな。でも、君たちが嫌なら、本名でもいいけど。」
植木がそう言い、議論は紛糾したが、結局、
「ムーンこと、月島流星、18歳です。」
「ファイヤーこと、不知火篤、18歳です。」
「ウォーターこと、水沢涼、17歳です。」
「ウッドこと、木崎大樹、17歳です。」
「ゴールドこと、金森光輝、16歳です。」
「クレイこと、土橋碧央、16歳です。」
「サンこと、日野瑠偉、15歳です。」
と、自己紹介したのだった。
パフォーマンスをすると、やはり間奏のところでおぉー!となって、歌い終わると拍手喝采を浴びた。そして、その後に周辺の住宅のゴミの片付けを手伝った。だいぶ町も片付いてきたので、この町に来るのはこれを最後にする事にした。
「あー!何これ、ファイヤー篤かっこいい、だって。やっぱりプロレスラーみたいだよー。」
帰りの車で、SNSをチェックしていた篤が嘆いた。みんなが笑う。そしてそれぞれチェックする。
「……ボランティア戦隊曜日レンジャー?名前がダサすぎ……だって。」
碧央がそう言うと、
「こっちには、いい子ちゃんぶってる奴らって書いてある。僕たちの写真付きで。」
と、光輝が言った。植木は、
「世の中には、いろんな事を言う人がいる。良い事でも、必ず批判されるんだ。気にするな。」
と言った。流星も、
「そうだよ。こんなにたくさん、かっこよかったとか、手伝ってくれて助かったとか、いい事いっぱい書いてあるぞ。」
と言った。碧央はそれを聞き、
「うん、そうだよね。」
と言った。
「世の中の声は、批判する方が大きくなりがちだ。批判する内容を見たら、必ずその後に肯定している投稿も見るように。バランスを取るんだよ。」
運転しながら、内海が諭した。
秋も深まり、流星と篤の大学の推薦が決まった。そろそろ、瑠偉の高校進学の事も考えなくてはならない。
瑠偉は、それでも毎日練習に来た。だが、勉強道具も持ってきた。
「あれ、瑠偉、宿題か?」
碧央が声を掛けると、
「うん。来週テストがあって、その日に提出なんだ。」
と、瑠偉が応える。すると光輝が、
「お前、テスト前なのにここに来ていていいのか?って、僕も来てるけど。あはは。」
と言って笑った。
「碧央くん、ここ教えて。」
瑠偉は碧央に問題集を見せた。
「ん?どれどれ?あ、英語?あー、英語なら流星くんに教えてもらった方がいいよ。」
碧央は流星に水を向けた。
「なに?」
名前を呼ばれ、流星が反応すると、
「流星くん、これ、分からないんだけど、教えて。」
瑠偉が問題集を持って流星のところへ行った。流星はさっと目を通し、パパッと教えてくれた。一同、尊敬のまなざし。
「じゃあ、じゃあ、こっちのも教えて。」
瑠偉は、今度は数学の問題集を持って流星のところへ行った。
「どれどれ?……ああ、俺文系なんだよねー。篤は?」
流星は篤に水を向ける。だが、
「は?俺は、サッカーで高校入った口だから、ダメダメ。」
篤は手でバッテンを作った。
「瑠偉、見せてみな。……ああ、これはこうやって……。」
大樹が、解き方を瑠偉に教えてあげた。
「大樹くんって、理数系なんだ?だから機械に強いんだね。」
碧央がそう言うと、一同、納得の頷き。
「そろそろさ、2曲目を作り始めたらどうかな。俺、作詞の方を始めておこうか。」
流星が言った。
「あれだな、瑠偉は受験だから、ボランティアには同行しないかもしれないよな。そうしたら、瑠偉が1人で歌うところを無くしておいた方がいいのかもよ。」
と、篤が言うと、
「いや、メインボーカルは瑠偉だよ。今、俺たちの中で一番歌が上手いのは、瑠偉だ。」
と、大樹が言った。
「え?そうなの?……まあ、そうだな。」
一瞬驚いた声を出した篤だが、やはり納得なのだ。
「若い時からヴォイストレーニングを始めると、上手くなるのかな。」
流星が言うと、
「元々音楽の才能があったんじゃない?ギターも独学で弾けちゃうくらいだし。」
と、光輝が言った。
「才能もあるだろうけど、こいつはすごく努力してんだよ。真面目だもん。」
と、碧央が言い、これまた一同納得の頷き。
「え、そんな事ないよ。ないない。」
瑠偉は小さくなって言った。
「さあ、次の歌はどんな内容にする?」
涼が言った。
「そうだな、1曲目はいろいろ取り入れた気がするから、今度はもっと問題を絞って行きたいな。ゴミを減らす事なのか、水を大事にする事なのか、森を守ろうって事なのか。」
と、流星が言った。すると、瑠偉が口を開いた。
「僕思うんだけど……前に家庭科でマイ箸入れを作ったんだ。割り箸を使わずに、マイ箸を持ち歩こうっていう事で。木を伐り過ぎるのが地球の環境に良くないんでしょ?ところがさ、最近海洋プラスチック問題が目立ってきたらさ、ビニール袋はダメで、紙袋ならいい、みたいなさ。プラスチックコップじゃなくて紙コップにしようとか?なんか、プラスチックがダメなら紙をたくさん使おうってなっちゃってるじゃん。でも、紙をたくさん使ったら、やっぱり木がたくさん伐採されちゃうでしょ?紙もプラスチックも、使い捨てを無くそうとしなきゃさ。」
瑠偉の言葉に流星も、
「なるほど、なるほど。瑠偉の言いたいことはわかるよ。今、ビニール製の買い物袋は有料にしなければならないけど、紙袋は無料で配布してもいいんだよな。店舗によっては有料にしているけれど。確かに、割り箸の話はどっか行っちゃったよなー。よし、その切り口でいこう。」
と賛同した。メンバーは、割り箸を突破口にして、2曲目の作成にとりかかった。
新曲の作成を年上のメンバーたちに任せて、瑠偉は少しの間レッスンをお休みし、2学期最後のテスト勉強を頑張った。芸能科のある私立高校を目指しており、推薦を取るためには2学期最後の成績が重要だった。何とかテスト勉強を頑張って、その規定の水準をクリアすることができた。
一方、デビュー曲の「Shout」は、ウェブ上で売り出した。まあ、それはあまり売れていない。けれども、ダンスの動画を配信したら、そちらのアクセス数は徐々に伸びて行った。被災地での活躍も、地方局で少し取り上げられた。けれども、まだまだ収入が得られるような状態ではなかった。
年明けに、新曲が完成した。
―クジラが可哀そう? イルカが可哀そう?
プラごみ減らそうと 買い物袋はご持参ください
それはいいよ でもね
紙袋はOK? プラスチックコップは辞めて紙コップ?
手の消毒にウェットティッシュ マスクは使い捨て
割り箸問題どこいった? 森林伐採問題は?
使うなとは言ってねえ 捨てるなって言ってんだ
あっちを見ればこっちを忘れる
山も川も森も海も 待っちゃくれねえ
俺たちゃ Busy イェー
どうせため込んでんだろ? 家の中には紙袋の山
どうせもらってすぐ捨ててただろ? コンビニの小さな袋
身近に何かが起こらねえと 気づかねえ俺たち
どこか遠くのお話と 今日もあれこれ捨てている
捨てるから買う 買うから売る 売るから作る 作るから伐(き)る
失われた森は 簡単には再生しない 長く長くかかるんだ
あっちを見ればこっちを忘れる
山も川も海も森も 待っちゃくれねえ
俺たちゃ Busy イェー ―
「Don’t Forget(忘れるな)」
新たな曲が出来て、振り付けも考えた。年明けからまた、週末のボランティア活動を再開したSTEのメンバーだった。歌を披露する場面は少ないが、動画を配信し、路上では少しだけアピールをした。
そして、春になり、それぞれ進学、進級した。
「夏休みになったら、外国へボランティア活動をしに行こうと思う。みんな、それぞれパスポートを用意しておいてくれ。と、言われても困るだろうから、一緒に用意をしよう。」
植木は、用意しておいてくれ、と言った時にメンバーの顔を見て、その後をつけ足した。みな一斉に、驚きの目を向けて来たので。
夏休みになり、STEのメンバーは、ミャンマーの難民キャンプへボランティア活動をしに出掛けた。そこで、子供たちにダンスを教えたり、歌を一緒に歌ったりするというもの。ある国際ボランティア団体が支援を行っている場所があり、植木や内海が何度か訪れた事のあるところだった。
子供たちと触れ合い、パフォーマンスを披露した。ここには3日間いる。夜はテントで眠った。1日目を終え、2日目の夜。
「う……碧央くん、お腹、痛い。」
「え?瑠偉、大丈夫か?わっ、すごい汗じゃんか。ど、どうしよう。」
瑠偉が腹痛を訴え、横になったままお腹を抱えていた。額には脂汗。隣で寝ていた碧央は、同じテントで寝ていた光輝を起こした。
「光輝、起きろ!瑠偉が大変だ!」
「うん?どうしたの?」
「瑠偉がお腹痛いって。すごい汗なんだよ。」
「え?瑠偉、大丈夫か?僕、内海さんに知らせてくるよ!」
光輝は、テントを出て近くのテントで寝ている植木と内海を呼びに行った。
「瑠偉、しっかりしろ。汗拭いてやるからな。ああ、どうしたんだろう。」
碧央が瑠偉の額の汗をタオルで拭いていると、光輝と植木、内海が入って来た。
「瑠偉、お腹が痛いのか?そうか。お医者さんに連れて行くか?」
内海が植木に問いかけると、植木は、
「スタッフに相談しよう。」
と言った。
植木が医療スタッフを探してきて、瑠偉を診てもらった。薬をもらい、症状は落ち着いた。
「慣れない水や食べ物のせいだろう。とにかく安静にして。碧央、光輝、頼むな。」
内海が言った。
「はい。」
碧央と光輝はそう返事をし、光輝は、
「瑠偉、落ち着いて良かったな。」
と、瑠偉に声を掛けた。瑠偉は、
「うん。」
と、答えた。
翌朝には起き上がれるようになった瑠偉だが、大事を取って1日活動を休んだ。最終日には復活して、最後に全員で新曲を披露してから帰途に就いた。
「やっぱさ、地球を救うために、一番すべき事は戦争を無くす事だよな。内戦とかも含めてさ、人が人の命を奪う事をやめなくちゃ。」
空港へ向かう車の中で、涼がそう言った。すると篤も、
「そうだよな。水を出しっぱなしにしないとか、ゴミを海に捨てないとか、そういうちっぽけな事よりも、戦争を無くす事の方がずっと大事だよな。」
と言った。すると大樹が、
「でもさ、それは俺たちが今言ったって、どうにもならない事だろ?ワールドスターにでもなれば、少しは発信力もあるけどさ。まずは日本人に訴えていく方がいいだろう。」
と言った。だが涼は、
「確かに発信力はないけどさ、それでもこうやって日本を出て、紛争地域に出向いて行って出来る事をした方がいいと思うんだよ。」
と言う。はたまた流星は、
「いやいや、戦争は俺たちの手には負えないよ。それよりも、環境問題の方が先決だよ。地球の環境が危ないんだから。温暖化を止めなければ、紛争地域だけでなく、もっと広い範囲で避難民が溢れる事になるわけだし。」
と言う。議論は紛糾した。
「いや、国際紛争だよ!」
と、言う篤と、
「まずは環境問題だよ。」
と、言う大樹。年下の3人は、その議論に口を挟めずにいた。そこにすかさず流星が目を付けた。
「お前たちはどう思う?多数決で決めるために、俺たちは奇数なんだからな。」
そうではない。
「えっとぉ、どうかなあ。やっぱり戦争が一番の問題かなあ。」
と、光輝が言うと、
「そうだよなあ。碧央は?」
と、篤が目を輝かせて言う。
「え?俺?俺は……まずは日本で出来る事をやるべきかと……。」
と、碧央が言うと、
「そうだろう、そうだろう。で、瑠偉は?」
と、今度は流星が目を輝かせる。
「僕は、どっちかに決めなくていいと思う。どっちも大事だし、僕たちはこれからたくさん歌を作っていくわけで、環境問題も訴えるし、戦争の……廃絶?とかも訴えるし、両方やっていけばいいんじゃないかな。」
と、瑠偉が言ったので、6人は一瞬黙った。
実は、乗っているのはトラックの荷台である。トラックの中には植木と内海がいて、窓が開いているので、メンバーの話は聞こえていた。植木と内海は目を見交わして微笑んだ。
ミャンマーでの活動の様子やパフォーマンスを、国際ボランティアのスタッフが撮影していて、それを彼らのホームページに掲載してくれた。すると、マスコミがそれに目を付け、新聞やテレビでその動画が紹介された。そうしたら、STEのサイトも閲覧数が激増し、SNSでも話題に上った。
有名になると、好意的なコメントも増えるが、否定するコメントも上がってくる。「売名の為に避難民を利用している」「偽善者だ」「アイドルのくせに、環境問題を語るな」「歌が生意気」「いい子ちゃんなくせに悪ぶっていて笑える」などなど。更には、メンバーの過去の写真などが出回り、ある事ない事書き込む同級生も。
「これが、アイドルの辛さなんだな。俺、本当にアイドルになりたいのか、分からなくなってきたよ。」
「大樹……そう言うなよ。俺たちは、地球を救うためにやってるんだからさ。その為には売名だって必要だし。」
悲観的な事を言った大樹に、流星が慰めの言葉を掛ける。
「ある事ない事書かれてか?過去の変な写真とか晒されてまで?」
しかし、大樹は納得しない。
「僕たちは世界の為を思ってやっているのに、生意気とか言われるのは心外だなあ。ねえ、もっと柔らかい歌詞にしたらいいのかな?」
光輝がそう言うと、
「バッシングにいちいち反応することはねえよ。かえって悪く言われるぜ。」
と、篤は冷静である。
「俺たち、これからどんな歌を作ったらいいんだろう。いっそ、路線変更した方がいいじゃない?もっと、普通の歌を歌った方が。」
涼が弱気な事を言うと、
「普通の歌って何だよ。そんなの、Save The Earthじゃないだろ。俺たちの存在意義が無くなるだろ。」
と、流星が言った。
「そうだよ、他人の言う事なんて無視だよ、無視。」
篤が軽い調子で言ったので、光輝が、
「無視なんてできないよ!嫌われたら、アイドルじゃないじゃん!」
と、叫ぶように言った。
「感情的になるな。」
大樹がたしなめた。
「感情的にだってなるよ!もう、どうしたらいいんだよ!」
涼も大きな声を出した。レッスンに来たのに、この有様。碧央と瑠偉もその場にいるが、凍りついている。
そこへ、内海が入って来た。
「どうした?練習しないのか?」
メンバーは、今しがた話し合った(喧嘩していた)内容をざっと説明した。
「そうか。そうだな。前にも言ったかもしれないが……有名になると必ずアンチが出てくる。そして、肯定派よりもアンチ、つまり反対派の声の方が大きい事が多い。君たちはテレビに出て、多くの人が好意を持った。その、多くの人に愛される君たちに嫉妬して、あれこれ言ってきたり、写真をばらまいたりする人たちが出てくる。問題のある写真や投稿は、削除してもらうようにするから、すぐに知らせてほしい。そして、もっと賛成派の、そう、君たちのファンに目を向けて欲しい。反対派の意見は聞くなとは言わないけど、ファンの声をもっと聞きなさい。君たちを応援してくれるファンは、仲間だ。フェローだよ。」
内海にそう言われ、メンバーはもう一度SNSの書き込みを見直した。かっこいい、ボランティアをしていて偉い、ダンスがそろっていてすごい、歌詞がすごくいい、などなど、誉めてくれる投稿は実は山ほどあった。
「俺たち、このままでいいんじゃない?」
碧央が言った。
「僕たちが今感じている思いを、いつも歌詞にしていけばいいと思う。人から妬まれて、ある事ない事書かれたら嫌だから、そういう思いも歌にしていけば。環境に関しても、いつもボランティアをしていて感じた事を歌にしたわけだし。」
瑠偉がそう言った。
「よし、2曲作ろうぜ。戦争反対ソングと、誹謗中傷反対ソング。」
大樹が少し冗談めかして言うと、他のメンバーはそれぞれクスっと笑った。
そうして、STEは一歩ずつアイドルの道を歩んで行った。ライブをやらせてもらえるようになり、まだまだ無名ながらも、全国を回った。そして、行く先々でボランティア活動にも参加した。平日は学校とレッスン場に通い、金曜日の夜に地方へ移動し、土曜日にライブをやり、日曜日にボランティア活動をするという生活を続けた。学生なのでテストもあるし、学校行事もある。だが、曲を作り、ダンスの練習をし、移動距離も多い。若い男子と言えども、疲労がたまってくる。
「瑠偉、お前、足怪我してるだろ。」
光輝が瑠偉に向かって突然そう言った。
「え?うううん、してないよ。」
瑠偉は慌てて否定した。
「嘘だね。べつに休めとか言わないから、正直に言ってごらん。」
光輝がそう言うと瑠偉は、
「……実は、昨日の練習で足首ひねっちゃって。」
と、正直に打ち明けた。
「だろ?そういう時は、テーピングだよ。」
光輝はそう言って、自分のバッグからテープを取り出した。
「いつも持ち歩いてるの?」
「そうだよ。アスリートの基本だよ。」
「ははは、俺たちってアスリートなんだ?」
瑠偉は、自分の呼び方を”僕”から”俺”に替えていた。いつの間にか。小さかったのに、すっかり大きくなって、光輝よりも背が高くなっていた。
「ほら、こうやって固定して。ね?これなら痛くないでしょ?レッスンが終わったら、すぐに冷やすんだよ。そして、ダンスする時以外はなるべく休む。」
光輝がそう言うと、
「はい。光輝くん、ありがとう。」
と、瑠偉が素直に言った。
「よしよし。」
光輝は、自分より大きくなってしまった瑠偉の頭をナデナデした。
「あー、俺も足が痛いなー。」
それを少し離れたところで見ていた篤が、突然大きな声を出した。
「え?篤くんも?あー、嘘でしょう。」
光輝は騙されないぞ、とばかりに笑って言った。
「だって、瑠偉には優しいじゃん。」
篤が言うと、
「何言ってんだよ。僕は誰にでも優しいんだよ。」
と言って、光輝がウインクした。一同爆笑。
ある日のレッスン場での事だ。碧央が入ってきて、荷物を置き、トイレに行った。碧央は近くのコンビニでお菓子を買って持って来ていた。リュックの横に置いてあったアーモンドチョコレートを見つけた篤が、その箱を取り、
「なあ、これ食べちゃおうぜ。」
小声でそう言って、箱を開けた。みんなは面白がって争うように1個ずつ取り、口に入れた。そして、箱を元に戻した。中身は空っぽである。なんと、6個入りだったのだ。
碧央が戻ってきて、アーモンドチョコレートの箱を手に取った時、異変に気付いた。軽いので当然気づく。
「あれ?何だこれ?あ、空っぽじゃん。」
中を確認した碧央は、周りを見渡した。メンバーは素知らぬ顔ですましている。
「ねえ、これ誰か食べた?」
碧央がみんなに話しかけると、近くにいた篤が、
「何の事?」
と、とぼけて答えた。
「アーモンドチョコだよ。誰が食べたの?」
「アーモンドチョコ?知らないなあ。」
篤はしらを切った。
「嘘つくなよ!買った時はちゃんと入ってたんだからな!誰も見てないって事はないだろ?!」
碧央は、だんだん声が大きくなっていった。すると、流星が我慢できなくなって噴き出した。
「ごめんごめん、みんなでいただいた。」
すると、碧央は流星のところへ飛んで行って、胸倉を掴んだ。
「おい、辞めろよ。やろうって言ったのは俺だよ。」
篤がそう言って止めに入ると、碧央は突然篤の顔を殴った。
「ちょっと、碧央!殴る事ないじゃん!」
「碧央くん、ごめんなさい、みんなふざけてたんだよ、買って返すから、怒らないで!」
光輝と瑠偉が必死に止めにかかった。
「チョコはどうでもいいんだよ!騙されたのが許せないんだ!」
碧央は篤に殴りかかるのはやめたが、まだ怒りが収まらないといった風に篤を睨んでいる。
「俺、もうSTEを辞めるよ。全員で俺を騙すようなところには居られないから。」
そう言うと、碧央はレッスン場を飛び出して行ってしまった。
「ど、どうしよう。追いかけた方がいいよね?」
瑠偉はそう言ってメンバーを見渡した。みな、一瞬黙る。瑠偉はやはり飛び出して行った。
「まずかったんじゃないか?1個取るくらいならまだしも、全部無くなっちゃったんだから。」
大樹がそう言った。
「いや、全部でも1個でも、しらばっくれたのがいけなかったんだよ。もう少し早くにごめんって言えば、笑って済んだのに。」
涼が言った。
「そうだな。」
流星が相槌を打つ。
「……悪ふざけが過ぎたよ。」
篤も神妙な様子で言った。
「お互い、慣れ過ぎたかな。」
流星が言った。
そこへ、瑠偉が碧央を引っ張って戻って来た。碧央の手にはさっきと同じアーモンドチョコレートの箱が握られていた。
「碧央!さっきはごめん。今、みんなで反省してたんだよ。」
光輝が言い、
「碧央……ごめん。」
篤もそう言って謝った。碧央は顔を上げた。
「篤くん、さっきは殴ってごめんなさい。」
碧央も神妙な顔つきで言う。
「碧央くん、辞めるなんて嘘だよね?チョコ、買ってあげたんだから、考え直してよ。」
瑠偉がウルウルした目で碧央を見て言う。
「瑠偉が買ったのか……。」
大樹がぼそっと言った。すると流星が、
「碧央、俺たち、お互いに慣れてきて、あれだな。親しき中にも礼儀ありって事を忘れてきていたと思う。ここで、俺から提案なんだけどさ。俺たちSTEメンバーは、絶対にお互いを騙さない、裏切らないって誓おうよ。どうかな、みんな。」
と言った。
「賛成―!」
涼が賛成すると、大樹が、
「そんな事、簡単に言ったって、意味ないんじゃない?誓うって言ったって信じられるのか?」
と言った。
「今度騙したら、本当に抜けるからな。」
碧央が言う。すると、
「碧央くん、じゃあ、辞めないんだね!」
瑠偉はそう言って、はしゃいで碧央の背中に飛び乗った。
「この先、何があっても、たとえ誰かに頼まれたとしても、このメンバーを騙したり、欺いたりしない。みんなで誓うなら、俺はみんなを信じる。」
碧央はそう言った。
「俺は誓う。軽い悪ふざけでも、騙すような事はしない。だから、これからは俺を信じてくれるか?碧央。」
篤はそう言うと、碧央の方へ右手を差し出した。碧央は1つため息をつくと、瑠偉をおんぶしたまま、右手を差し出し、篤と握手をした。そして、篤と碧央はお互いにニヤっと笑った。
「あー良かった、仲直りして。僕も誓うし、みんなを信じるよ。」
光輝がそう言い、
「俺も!」
と、瑠偉がはしゃいだ声で言った。すると大樹も一言、
「俺も。」
と言ったので、流星が、
「よし!全員誓ったな。STEの再出発だ!円陣を組もう!」
と言った。碧央が、
「大げさだなぁ。」
と言ったが、それでも碧央も加わって、7人で円陣を組んだ。
「よっしゃー、これからも7人で走るぞ!」
流星が言い、メンバー全員が、
「おう!」
と叫んだ。
ある日、レッスンに来た瑠偉の元気がなかった。メンバーはすぐに気づいた。
「瑠偉、どうしたの?何かあった?」
こういう時、真っ先に声をかけられるのが光輝である。気配りがナイス。
「実は、うちの親が転勤になって、福岡に引っ越すことになったんだ。」
「福岡に?……え?瑠偉、どうするの?瑠偉も福岡に行くの?」
「うううん。高校の寮に入る事になると思う。でも……寮には門限があるし、ここで遅くまでレッスンできなくなっちゃうよ。」
瑠偉はそう言ってうなだれた。そこへ、植木がやってきた。
「あ、社長、聞きました?瑠偉が学校の寮に入るって。」
光輝が植木に言った。植木は、
「ああ、親御さんから聞いたよ。来月からだそうだ。」
と言った。すると篤が、
「急だなあ。瑠偉も、親と離れるの寂しいだろ。」
と言った。瑠偉は、
「まあ、それは仕方ないんだ。せっかく入った高校だからどのみち辞めたくないし、STEの活動はもちろん続けたいし。」
と言う。光輝は、
「社長、何とかしてあげてくださいよ。レッスンに瑠偉が出て来られなくなったら困るよ。」
と、植木に行った。
「そうだなぁ。まだ独り暮らしさせるわけにも行かないしなあ。じゃあ、俺の家に来るか?」
植木がそう言うと、光輝はすかさず、
「それはダメですよ!」
と言い、流星も、
「そうですよ、ダメです!」
と間髪入れずに行った。
「え?何で?」
植木はキョトンとした。
「社長、独り暮らしですよね?未成年と2人きりとか、犯罪ですよ!」
光輝は瑠偉を抱きしめるようにして、守りながら言った。植木は、
「え???」
豆鉄砲でも食らったような顔をし、
「いや、いくら瑠偉が可愛いからって、大丈夫だよ?男の子だからね?」
と言ったが、篤が、
「いやいや、社長。2人きりはやめた方がいいですよ。この、可愛い瑠偉ですからね。」
と言い、流星も、
「そうですよ、やめた方がいいです。万が一って事もありますから。」
と言うので、植木も、
「そうか?」
と、何となく納得しかけた。すると、
「瑠偉、俺んち来るか?」
碧央が突然そう言ったので、みんな一斉に碧央の顔を見た。
「あ、いや、うちには両親いるから。うちさ、兄貴が地方の大学に行ってて、兄貴の部屋が空いてるからさ。それに、母さんがいつも夕飯作り過ぎたって言ってはため息ついててさ。俺1人じゃあ食べきれないし、かといってたくさん余ってると母さん寂しそうだし。だから、瑠偉がうちに来たら、母さんも喜ぶんじゃないかと思って。」
そう碧央が言うと、
「でも、お兄さんが時々帰って来るんじゃない?夏休みとか。」
と、瑠偉が言った。
「そういう時は、瑠偉は俺の部屋で寝ればいいよ。」
と、碧央が言ったので、
「……ホントに?碧央くんちに行っていいの?」
瑠偉が言った。
「おう、瑠偉さえ良ければ。」
碧央がそう言うと、植木は、
「なるほど。じゃあ、双方の親御さんに話してみよう。これから電話してくるから、君たちは歌とダンスの練習をしてなさいね。」
と言って出て行った。メンバーは、
「はーい。」
と良い返事をした。
「よし、じゃあ始めるか!」
と、涼が言った。
そして、レッスンが終わる頃、植木が知らせに来た。瑠偉は、碧央の家に住むことになったのである。