柚香が加賀谷家に来てから一週間が過ぎた。
 急に消えたのにいまだに川原家が何も言わないのを不思議に思っていると、仕事から帰ってきた彦仁(ひろひと)に「ああ、柚香どのを俺の家に連れてきた日に、側近たちに手紙とお金を川原家に届けさせたからな」とさらっと真実を告げられ、驚くしかない。
 それだけで黙る人たちとは思えなかったが、気にしても仕方がないので考えないようにした。

「ところで彦仁(ひろひと)さま、私、あなたにお伝えしなければいけないことがあるんです」
 さゆりに負けず劣らずの高級な着物を着せられ、美しく一つに結われた艶のある栗色の髪になり、加賀谷家に来た当初とは似ても似つかぬ見た目となった柚香が、彦仁(ひろひと)の前でかしこまって正座をする。
「聞こう」
「私の異能についてです」
 彦仁(ひろひと)がぴくりと反応する。
「それは、甘味に気持ちを込め、その甘味を食べた者に気持ちを届けられるという異能のことか?」
「どうしてそれを……?!」
 柚香は目を丸くする。

(誰にも言ったことがないのに、なぜ分かったの……?)

「柚香どのの甘味を長年食べていれば自ずと分かるものだ。
 甘味がただ美味いだけじゃない。それ以上のものがある。
 側近たちや厨房の料理長とも一緒に食べに行ってその事実を確信した。
 それに、俺も異能持ちだからだろうな、何となくそうだろうと分かったんだ」
「今まで誰にも言ったことがなく、誰からも気づかれなかったのでとても驚きました」
 柚香が考えていた以上に彦仁(ひろひと)が自分の甘味を愛してくれていたことを知り、うれしさがじんわりと心の中で広がっていく。

「柚香どのに教えてもらったから、俺の異能も教えるべきだな。
 俺の異能は、人の心を操ることができるというものだ。
 目を見るか、あるいは相手に触れていれば発動できる」
 聞いてしまった後で、柚香は急に不安になった。
「そんなすごい異能のこと、私に教えてしまっても大丈夫なのですか?」
「ああ、あなたは俺の愛した人だ。
 これであなたが誰かに異能のことを話してしまうのであれば、俺の人を見る目がなかっただけだから」
「うう、その想いに応えられるようにがんばります……!」
「そんなに気負わなくていい。
 俺はこの自分の能力が昔から嫌いでな。
 なるべく使いたくないんだが、父の秘書になってからは特に使わざるを得ない場面が多くて、一人で苦しんでいたときに柚香どのの甘味と出会って救われたのだ。
 美味しい上に身体中が幸せな気分に満たされて感動した」
 彦仁(ひろひと)は柚香に近づき、その頬に両手を当てる。
「だから、今度は俺が柚香どのを救いたいと思った」
 柚香が彦仁(ひろひと)の顔を見上げると、彦仁(ひろひと)はおもむろに下りてきて、柚香の唇に自分の唇を重ねた。
「柚香どの、愛している」
 うっとりした声色と大きな焦げ茶色の瞳で見つめられ、柚香が何かを答える前に再び下りてきて、唇を食まれてしまう。
「んむっ……んっ……あ……」
 あまりにもそれが気持ちよくて、柚香もいつしか夢中になってむさぼっていた。

彦仁(ひろひと)さま……私もあなたのことを愛しております……)

 その想いを、柚香がこのとき言葉として口にすることが物理的に難しかったのは致し方ないだろう。