加賀谷家の離れとして最近新しく建てられた別邸が、これから彦仁と柚香が暮らす家だった。
長い廊下で母屋と繋がっている。
「おかえりなさいませ、彦仁さま」
広い玄関で年配の家令と女中、そして若い女中ら数人が出迎える。
「ああ、帰った。
こちらが一緒に暮らす川原柚香どのだ」
突然の紹介に、慌てて柚香はぺこりとお辞儀する。
「はじめまして、川原柚香です。
これからお世話になります」
顔を上げると、年配の女中が「あらあら、想像以上に細い方で……これからたくさん食べて健康的になってもらいますよ」と目を潤ませながら柚香に告げた。
「ばあや、そんなに柚香どのを脅かすな。
柚香どの、何か分からないことがあれば、このばあやかそちらの女中たちに何でも聞いてくれ」
「はい、分かりました!」
「じゃあ俺がこの家を案内しよう」
柚香はこの家に連れて来られる間、車中で彦仁本人についての説明を受けた。
車に乗ったのも初めてだったが、何より彦仁の名前を知ったのもこのときが初めてだった。
父親はこの国の宰相・加賀谷恒平であること、長男の自分は二十五歳で、現在は父親の秘書をしていること。
同じ車に乗っている加藤聡と藤島晴は、昨日も店で一緒にいたが、彼らは彦仁の側近兼護衛であること。
柚香がこれまで関わることのなかった全く知らない世界の話をされて、驚きのあまり相槌も打てず目を白黒させていたら、「驚かせてすまない」と笑いながら彦仁に謝られた。
その彦仁の目線が優しくて、つられて柚香も笑顔になる。
この人の横にいると、理由もなく心の中があたたかくなって、居心地がいい。
柚香は彦仁の手を取る決断をして心の底からよかったと思った。
彦仁の住む別邸は、平屋ではあったが十分なほど広く、柚香は中庭の美しさに見惚れながら部屋の説明を受けた。
「ここが台所だ。小さいが、基本は母屋の厨房で作られる食事を別邸に運んでもらって食べることになるから、ここで食事を作ることはない」
「では、なぜ台所が……?」
「よく見てごらん」
彦仁に背中を押されて台所に歩を進めると、白玉粉や砂糖、小豆など店で柚香が甘味を作っていたときの材料がずらりと揃って置かれていることに気づく。
「これって……!」
柚香は振り返る。
「柚香どのが好きなときに甘味を作ることができるよう用意した。
もちろん、もう作りたくないのなら作らなくてもいい。
甘味を作れば、思い出したくないことを思い出すこともあるだろう。
ただ、俺は柚香どのが作る甘味も大好きなのだ。
毎日でも食べたいと思っている」
そう言って彦仁は細くて今にも折れそうな柚香の身体をそっと抱きしめた。
「でも無理はしないでくれ。ばあやが言ったように、俺もまずは柚香どのが健康的になることを優先したいと思っているから」
「彦仁さま……」
自分の栄養不足は当然自覚しているが、他人に指摘されるとどうにも恥ずかしいものだ。
がんばってたくさん食べさせてもらおう。
助けてくれたこの人の隣に並んでも恥ずかしくないくらいに。
柚香もおずおずと彦仁の背に手を回した。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「柚香どのに甘えられるのはうれしいな」
はははと笑う彦仁の笑顔は、やはり柚香にとってまぶしかった。
長い廊下で母屋と繋がっている。
「おかえりなさいませ、彦仁さま」
広い玄関で年配の家令と女中、そして若い女中ら数人が出迎える。
「ああ、帰った。
こちらが一緒に暮らす川原柚香どのだ」
突然の紹介に、慌てて柚香はぺこりとお辞儀する。
「はじめまして、川原柚香です。
これからお世話になります」
顔を上げると、年配の女中が「あらあら、想像以上に細い方で……これからたくさん食べて健康的になってもらいますよ」と目を潤ませながら柚香に告げた。
「ばあや、そんなに柚香どのを脅かすな。
柚香どの、何か分からないことがあれば、このばあやかそちらの女中たちに何でも聞いてくれ」
「はい、分かりました!」
「じゃあ俺がこの家を案内しよう」
柚香はこの家に連れて来られる間、車中で彦仁本人についての説明を受けた。
車に乗ったのも初めてだったが、何より彦仁の名前を知ったのもこのときが初めてだった。
父親はこの国の宰相・加賀谷恒平であること、長男の自分は二十五歳で、現在は父親の秘書をしていること。
同じ車に乗っている加藤聡と藤島晴は、昨日も店で一緒にいたが、彼らは彦仁の側近兼護衛であること。
柚香がこれまで関わることのなかった全く知らない世界の話をされて、驚きのあまり相槌も打てず目を白黒させていたら、「驚かせてすまない」と笑いながら彦仁に謝られた。
その彦仁の目線が優しくて、つられて柚香も笑顔になる。
この人の横にいると、理由もなく心の中があたたかくなって、居心地がいい。
柚香は彦仁の手を取る決断をして心の底からよかったと思った。
彦仁の住む別邸は、平屋ではあったが十分なほど広く、柚香は中庭の美しさに見惚れながら部屋の説明を受けた。
「ここが台所だ。小さいが、基本は母屋の厨房で作られる食事を別邸に運んでもらって食べることになるから、ここで食事を作ることはない」
「では、なぜ台所が……?」
「よく見てごらん」
彦仁に背中を押されて台所に歩を進めると、白玉粉や砂糖、小豆など店で柚香が甘味を作っていたときの材料がずらりと揃って置かれていることに気づく。
「これって……!」
柚香は振り返る。
「柚香どのが好きなときに甘味を作ることができるよう用意した。
もちろん、もう作りたくないのなら作らなくてもいい。
甘味を作れば、思い出したくないことを思い出すこともあるだろう。
ただ、俺は柚香どのが作る甘味も大好きなのだ。
毎日でも食べたいと思っている」
そう言って彦仁は細くて今にも折れそうな柚香の身体をそっと抱きしめた。
「でも無理はしないでくれ。ばあやが言ったように、俺もまずは柚香どのが健康的になることを優先したいと思っているから」
「彦仁さま……」
自分の栄養不足は当然自覚しているが、他人に指摘されるとどうにも恥ずかしいものだ。
がんばってたくさん食べさせてもらおう。
助けてくれたこの人の隣に並んでも恥ずかしくないくらいに。
柚香もおずおずと彦仁の背に手を回した。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「柚香どのに甘えられるのはうれしいな」
はははと笑う彦仁の笑顔は、やはり柚香にとってまぶしかった。