就寝前になってようやく、彦仁(ひろひと)と柚香は今日のことについて落ち着いて話をする機会を持つことができた。枕元で行灯だけが温かい色でほんのり灯っている。
「柚香どのは一体どんな想いを込めたんだ?」
「ふふ、そう聞かれると思って持ってきました。彦仁(ひろひと)さまも柚子餅は食べたことないでしょう? よろしければどうぞ」
 柚香はそう言って柚子餅の余りを彦仁(ひろひと)に手渡す。
「ではありがたく」
 緊張した面持ちで柚子餅を口に運んでいる。
「……!! 甘さ控えめで柔らかくうまいが、俺にとっては非常に面映ゆいな……」
「事実上、私からの求婚の言葉を感じているのに等しいですからね……」
 作った当初は彦仁(ひろひと)に食べられることは想定していなかったので、柚香としても身の置き所がないほどに恥ずかしい。

彦仁(ひろひと)さんを深く愛しています。そのお父上である加賀谷さまも愛しています。どうか結婚を認めてください!)

 彦仁(ひろひと)ではない恒平に届けるからこそ、思いきって込めることができた三つの想いだったのだ。

「はあ……柚香どのが愛しすぎる……」
 そう言って彦仁(ひろひと)は柚香を抱きしめる。
「君の心の強さには痺れるよ。もっと好きになってしまう。どれだけ俺を惚れさせれば気が済むんだ?」
 熱っぽい眼差しを急に向けられ、体重をかけられて布団の上に押し倒される。
「えっと、あの……」
 話を逸らそうと、聞いても意味のないことを口走る。
「加賀谷さまの異能って何だったんですか?」
「そうそう、父上の異能ね。本人に同意を取ってきたからようやく伝えられる。
 あの人は心を読み取る異能なんだ」
 彦仁はこめかみや額、頬、首筋と場所を移動させながら、次から次へ柚香に口づけを降らせている。
「あっ……、そうなんですか。よかった、柚子餅に込めた想いのことを考えてなくて……」
 柚香は柚子餅の味が恒平に合うかどうかしか考えていなかったため、その心を読み取った恒平は柚子餅を実際に口にするまで柚香の異能に気づかなかった。
「でも、彦仁(ひろひと)さまの心を読み取っていたら、私の異能もばれていたのではありませんか?」
「俺は父上に読み取られないように処理を施しているんだ。だから大丈夫だったよ」
 柚香の耳元で話す彦仁(ひろひと)の吐息が耳にかかり、くすぐったい。

「あの! 彦仁(ひろひと)さま、もうやめ……」
「なんで? ようやく結婚も認められたのに? これでもずっと我慢してたんだよ。今日はいいでしょう? 俺は柚香どのを食べ尽くしたい」
 彦仁(ひろひと)は明らかに情欲にまみれた瞳を向けるが、柚香は意に介さない。
「でもまだ祝言も上げてませんよ」
「それは……近いうちに上げるから」
「だめです。せっかく認めてもらったのに、次に何かあったら怒られるのは彦仁(ひろひと)さまです。仮に結婚が取り消されたら元も子もないでしょう? ほら、自分の布団に入った入った」
 柚香の鋼の理性発動により、自分の布団に入れられた彦仁(ひろひと)は、目元を手で覆いながらこっそりつぶやいた。
「惚れた弱みかな……」
「何か言いました?」
「いや、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。行灯消しますね」
 柚香はふーっと行灯に息を吹き入れた後、彦仁(ひろひと)に気づかれないよう、暗闇の中でそっと微笑んだ。