「本名はあれなので、コードネームで呼び合いましょう」

 神経質そうな眼鏡が車の後部座席から、そう声をかけてきた。
 この車を運転するのは、やや太った男。
 汗が尋常ではない以外は、少なくともこの眼鏡より愛想もいい。

「んじゃ、ボクはハートでよろしくっす」

 にこやかに太った男が言うと、思わず俺も眼鏡も吹き出しそうになる。
 まったく、どこの世紀末ヤローだよ。

「僕はそのまま眼鏡で」
「オレはどうしようかな」

 基本的に一人の仕事ばかりで名前なんて考えてもなかったな。
 でもまぁ眼鏡が言うように、この関係は一時的なもの。
 しかも仕事内容は、まぁ、いいもんじゃない。

 本名を名乗るのは、バカすぎるか。

「じゃあオレは山猫《やまねこ》で」
「猫好きなんすか?」

 隣に座るハートに言われ、ふと考える。
 オレは猫が好きだったか?

 だけど山奥に連れていかれて、別荘でという文字だけで、何か昔読んだ本を思い出してそう言ってしまった。

「いや、犬派だな」
「何派でもいいですが、指定された場所から察するに、おそらく一週間車に缶詰です。どうしますか?」
「おいおい、一週間風呂もナシかよ」

 この汗だくのハートがこのまま一週間って、キツイだろ。
 綺麗好きではないオレも、さすがにいろいろと考えてしまう。

「川とかないっすかねー。さすがに水浴びしたいっす」
「一応、歩ける距離にはあるようです」
「そりゃよかった。そんな山奥じゃ、車も動かせないだろうからな」

 さすがに水浴びするには寒くなってきた頃だが、タオルを濡らして体拭くくらいならいいだろう。
 となると、このまま別荘へ一直線に向かうのはマズイな。

「一週間分の食事やらタオルなんかは、どこかで買うしかないな」

 ちと痛い出費だが、さすがに向こうで自給自足なんてのは無理だ。
 そのまま食べれるようなものを買うしかないな。

 二人はオレの提案に賛成し、途中コンビニで買い物をした。そしてそれをトランクに詰め込むと、オレたちは指定された別荘へ向かう。