「嘘だろう。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! だって、だってオレはただ……」

 男、田崎(たざき)秀一郎(しゅういちろう)三十歳は取調室の無機質な机に両肘をつき、その手で頭を抱えながら叫んでいた。
 傍から見ればそれは、錯乱しているだけともとれる。

 しかしあの事件現場、田崎の証言。
 そのどれもが、ただ混乱をしているだけには思えずにいた。

「ただ?」
「ただ、簡単な闇バイトに応募しただけなんだ!」

 聞き返せば、ムキになったように田崎は声を荒げる。

「それがいけないことだとは思わなかったのか?」

 田崎には罪の意識はない。
 そう、それはこの期に及んでもだ。

 ただ簡単な仕事をしただけ。
 闇バイトでも、実行犯ではない。
 ある意味グレーな部分。

 それでも犯罪であることには変わりがない。
 直接的ではなくとも、それに加担をしたのだから。

「金がなかったんだ。だから仕方なかった……。でも、違うんだ! 違う、そうじゃない! オレは……」
「何を見たんだ?」
「分からない。分からねーよ。どこからが現実でどこからがまやかしだったんだ? なぁ、刑事さん教えてくれよ。オレは……何をしたんだ?」

 虚ろな目がこちらをのぞき込む。
 今まで幾人もの犯罪者を目の前にしてきて、こんな目をした者はいただろうか。

 田崎は未だに自分が何をしたのか、理解できないでいた。
 
 いけないとは思いつつも、俺は深くため息をついたあと、答えを教える。
 田崎が犯した罪。

「お前は、殺人を犯したんだよ」

 嘘だと泣き叫ぶ田崎には、もうこれ以上の取り調べは難しそうだった。
 何が起きたのか。
 それはこちらが知りたい。

 もう一度初めから証言を洗い出すしかない。
 おかしくなりそうなのはこちらの方だと思いながら、俺は取り知らべ室を後にした―—