バルバラの家の中は明かりが少ないせいか薄暗かった。入ってすぐの部屋はおそらく居間と思われるのだが、控えめに言ってカオスだった。そこら中にフラスコやビーカー、中身の入ったもの入ってないもの。用途の分からない様々な道具が置いてある。

 さらに錬金の材料に使うのか、干された薬草のようなものや種子、ちょっと触りたくない生っぽい動物の何かが無数に散乱している。居間の奥が錬金工房のようだが、煙突に入りきらなかったのか、こちらにまで煙が漏れてきている。もちろん紫色だ。くさいというよりは苦い臭いがしてきて、心なしか目に染みる。

「バルバラ、少しは片づけた方が良いといつも言っているだろう」
「片付けなんかしなくたって生きていけるんだよ。勝手に物が増えるんだ、しょうがないだろう?」

 ばぁちゃん、それ全然言い訳になってないからな? 俺とシンアルのあきれかえった表情に分が悪いと感じたのか、バルバラがすぐに話題を変える。

「そんなことはどうでもいいだろ?昼飯はまだだろう?食っていけばいい」
「それはありがたい。遠慮なくよばれるとしようか」

 適当に座るよう指示すると、バルバラが台所?と思われるスペースに引っ込んだ。俺とシンアルは机の上、だけじゃなく椅子の上にまで浸食した得体のしれない何かを、とりあえず横に寄せて、3人分のスペースを確保する。

「茶でも飲みながら待ってな」

 目の前にゴトリと置かれたのは、乳鉢。小学校の理科の時間に、光合成の実験か何かで葉っぱをすりつぶすときに使ってた、アレである。せめてビーカーだろ、おぃ。

「バルバラ、もう少し食器とかをだな」
「いちいちうるさいねぇ。飲めりゃいいんだよ飲めりゃあ」

 シンアルも似たような感想を持ってくれていたようで安心した。この世界の常識が分からない俺には、ツッコミのハードルが高すぎる。台所から文句を言いながら、バルバラが昼食らしきものを持ってきた。

「あ、手伝います」

 言いかけて立ち上がったが、

「構わん。今日は客だよ」

 と言われて、浮かしかけた腰を下ろす。俺自身強引に手伝うような、明るく社交的なタイプじゃないのも理由だが、視界に入った黒い物体に目を奪われ、腰が引けたともいう。

「バルバラ…」
「何だい?この私がわざわざ用意してやった昼飯に、何か文句でもあるのかい」
「いや、相変わらずで、何よりだよ…」

 シンアル、あきらめるな。お前の反応で色々と察するところはあるが、アレはダメだ。ダメなやつなんだ。魚っぽい形はしているが、アレがダメなことは異世界初心者の俺でも分かる。だって、すごくコゲ臭いもの。

「それでは…いただこうか。天にまします女神さま、私たちは生きるために働かず、生きるために稼がず、ただ生きることの楽しさを、喜びを求めて、この世界を巡り巡りゆく全ての命に、あまねく幸せをもたらすために、今日の糧を分かち合えることに感謝の祈りをささげます…いただきます」

 シンアルの”いただきます"で食べ始めるわけだが。前半がニート万歳みたいな感じで危うく吹き出しそうになった。女神さまの教えは幸せになろうってのが根本にあるみたいなので、教義を正しく伝えているお祈りなんだろうとは思うけど。焦げた魚は…中のほうは美味しかった。

 食事中はバルバラとシンアルの話がメインだった。最近家から出ていないバルバラのために、街の様子を色々と教えてあげているみたいだ。シンアルとバルバラは古くからの知り合いのようで、たまに昔の思い出話のようなエピソードが交じる。

 バルバラは口は悪いけどシンアルには気を許しているようで、シンアルが優しく受け入れているのが微笑ましい。人と接するのが少し苦手な自分には、二人の関係が少しうらやましく感じられる。

 楽しいような、自分だけ仲間はずれで寂しいような食事の時間も終わり、バルバラがシンアルに土産を持たせているが…多いなおぃ。持ち切れるか心配になったが、ここでもシンアルは見た目を裏切るパワフルさを見せつけた。

 デカい袋を2つ背負ったシンアルが扉につかえて出れなくなったので、一つずつ家の外に出すようにアドバイスする。そうそう、ぎゅっと、ね。あ、袋から変な色の汁が出てる。…見なかったことにしよう。

「今度来るときには厄介ごとを持ち込むんじゃないよ」
「ルイのこと、よろしく頼むよ」

 家の外まで出てお見送りだ。

「ありがとうございました」

 シンアルに向かって、深く頭を下げる。経緯はどうあれ、シンアルのおかげで路頭に迷うこともなかった。これからバルバラとうまくやっていけるかどうか分からないけど、何の得にもならないはずの、迷子の面倒を見てくれたことには本当に頭が下がる思いだ。

「気にすることはないよ。これも女神さまの思し召し。私の幸せのためにやったことなんだから。また街で会えるといいね」

 そう言いながら微笑んで、シンアルは森の獣道へと姿を消していった。

「さ、家にお入り。これからは客人としてじゃなく、家のもんとして扱うからね、ルイ」
「はい、バルバラさん」
「…。」

 ゴスッ。突然、バルバラが手に持った杖が俺の頭に振り下ろされる。

「っ痛ぅ!…バルバラさん!?」

 ゴスッ!再度、無言で振り下ろされる。

「痛いって。何でこんなことを!」

 さらにゴスッ!

「いい加減にしろって!」

 流石に限界だ。口調も荒く、バルバラを威嚇する。

「それが素のあんただね。”バルバラさん?”ふざけんじゃないよ。肩凝ってしょうがないじゃないか。お前は家の子になったんだ。他人みたいな言葉遣いはやめな」

 ははーん。さてはお前、やなやつだな?口が悪いだけじゃなくって、素直になれないタイプのやつだな?しょうがないやつめ。口で説明すればわかるだろぅとかそんなことは言わない。だが結構痛いぞこれ。あれか、独り暮らしで他人と接する機会が無いから手加減の仕方を忘れたとかいうやつか。おーけーおーけー。そんな事情なら俺も許してやらんことはない。

「何青筋立てながらニヤニヤしてるんだい。打ち所が悪くて頭がおかしくなったのかい?さっさと家に入りな。あたしゃ忙しいんだよ」
「まず謝れ!」

 うまくやっていけるのかな、俺。