夕暮れ時から夜になろうかという頃、帰宅した。

「ただいまー」
「やけに遅かったじゃないか。首尾はどうだい?」
「あー、腕輪手に入れた」
「ファッ!?なんだって!」

 いや、俺もこんなにあっさり手に入れてしまったことに戸惑っている。むしろ時間がかかってでも達成したいとか、良い感じで決意した時の気持ちを返してほしいくらいだ。そんな複雑な想いは置いといて、詳しい話はあとにしようとバルバラに告げ、まずは夕飯を作り、二人で食べながら今日の出来事をバルバラに説明した。

「なるほど。インフォメーションボードにインベントリねぇ。あんた、本当に転生者だったんだ?」
「スプーンで人を指すんじゃないよ、行儀が悪いな。汁が飛ぶだろう?…けど、信じてなかったのか?」
「そうじゃないさ。腕輪を持たずにこっちに来た時点で、あんたは一生地元民扱いって可能性もあったんじゃないかい?冒険者登録と同時に腕輪が手に入るように女神さまが配慮してくださってたのかね?」
「うん。どんなからくりなのか良く分からないけどな。冒険者カードを受け取った瞬間にワサーッと色んな機能が自分に追加されて、そのあとにポコッとインベントリに腕輪が放り込まれたような感じだった」
「その説明もさっぱり分からないけどね。それはさておき、あんたこれから…」

(ドンドンドン!)

 ドアを叩く音と共に、少し焦ったような声がする。

「ハァ、ハァ、バルバラ、ルイ、居るかい?」
「ドンドン叩くんじゃ無いよシンアル!こんな時間に何事さね!?さっさとお入りよ」

 扉を開けて、大きめの洋服を畳んだような布の塊を抱えたシンアルが入ってくる。肩で息をする様子は、普段落ち着いているシンアルにしては珍しかったが、何故か俺の顔を見てホッと一息ついた。

「ふぅ。ルイは無事みたいだね。安心したよ」
「こんばんは、シンアル。そんなに慌てて一体どうしたんだ?俺がどうかしたのか?」
「うん、ふぅ。夕飯時にすまないね、実は…」
「お待ち!スープが冷めるじゃないか。飯はまだだろう?食べていきな。ルイ!」
「あいよ。その前に、水を一杯どうぞ。少し温めるから座っててくれ」

 シンアルが一息ついた様子から、大至急の緊急事態ではないと判断したのだろう。バルバラがシンアルを夕食に誘ったので、俺もコップと水差しを出し、台所へと向かう。

「あぁ、ありがとう」

 シンアルも少し落ち着いたようだ。いつもの柔和な笑みを浮かべるようになったので、温めなおした食事を並べて夕飯を再開する。

「実はね、夕方ごろからヌルの街が転生者で溢れかえったんだ。様子を見ていると、珍しいクエストを達成した冒険者を探してるようでね。今日、ルイが冒険者登録をするって聞いてたから、ひょっとしてルイがもうクエストを達成したんじゃないか、そのルイを探してるんじゃないかって思ったんだ。それで、様子を見に来たというわけなんだよ」
「えぇ!?あの転生者達、俺を探してたの?何で!?」

 あんな高レベル転生者の知り合いなんかいないぞ。いや低レベルすらいないが。あれ?何だろうこの、高校3年生の夏くらいに周回遅れ的に転校してきて友達が居ないようなボッチ感は…。ちょっと哀しくなってきた。

「理由は分からない。けど、その様子が鬼気迫る感じでね。捕まったらどうなるのかと心配になるほどだったよ」
「みんな、ルイの腕輪を狙ってるんじゃないかい?それしか考えられないじゃないか」
「いや、でもみんな持ってるだろ?」
「前にシンアルも言ってたじゃないか。どんなものか謎だとしても、2つ目が欲しいんだろうよ」

 転生者の間でも2つ目の腕輪に機能があるのか、アクセサリー的に使うのか、謎のままという話だった。レア物ってだけで欲しくなる感覚は分からなくも無いが。

「捕まったら、どうなるんだろうな」
「転生者は死なずに復活するとは聞いているが、持ち物を奪われたりはするらしい。腕輪を盗られたら、新しく手に入れる手段はもう無さそうだね」
「となると、何としても捕まるわけにはいかないな」

 地元民として生きていくことに抵抗があるわけじゃないけど、転生者として冒険したいと想いながらこの3年間を過ごしてきたんだ。そう簡単にリタイアしたくない。

「なら、まずは強くなることさね。次に、信頼できる仲間を探すんだ。まだ転生者にはあんたの顔も名前も知られてないだろうから、人目を惹かないようにして地道にレベル上げすれば見つからないだろうさ」
「そうだね。お隣のエンの街に行くといい。ヌルよりも少し大きな街で、周辺にモンスターもいるからレベル上げもできる。本音を言えば付いていってあげたいんだが…」
「シンアル、だめだよ。仮にも冒険者たるもの、独り立ちできずにどうするんだい。それにこいつ自身が言ってたんだ。”この世界を驚きたい”ってね。アタシらみたいなのが付いていったら楽しみが半減しちまうじゃないか」
「バルバラ、覚えてたのか」

 俺が冒険者になりたいって気持ちを伝えたときの言葉だ。面と向かって聞かされると気恥ずかしいのだが、それが俺の本心だからしょうがない。

「確かに、この世界を楽しむというのは正しく女神さまの本懐でもあるよ。でも、しかし、ク、クゥ…女神さまは何という試練をっ!」

 あぁーあー久しぶりにシンアル泣かせちゃったよ。

「あぁもう!久しぶりにうっとおしいねぇ。まぁいい。ルイ、そうと決まりゃあ準備だ。冒険者がヌル周辺に集まっている今がチャンスだよ。慌ただしいが、明日の朝には旅立ちな」
「ん、分かった。準備するよ。シンアル、もう遅いから泊っていくだろ?寝床準備しとくから、顔洗っといてくれ」

 急すぎて心の整理もつかないけど、二人のアドバイスに従うのが一番だろう。エンまでは徒歩でも、早朝に出れば夕方には着けるらしい。インベントリやマジックバッグがあるとはいえ、今後の旅で増えていくかもしれない。荷物はできるだけ少なくしておいた。