~ヌルの街:噴水広場前

 ヌルの街は多くの冒険者で賑わっていた。短時間で攻略の最前線から”始まりの街”まで移動できる手段を持っている者ばかりである。当然、どの冒険者も一目で分かるほど質の高い装備、ごく自然に向けられる周囲への視線、自信にあふれた佇まいなどから高レベルの冒険者であることは疑いようが無かった。

 噴水前広場は待ち合わせのスポットとして有名だが、待ち合わせの人混みを避けるかのように広場の外れのベンチに集まった3人の冒険者が居た。

「バグじゃなかったとはな」
「修正が入っただけという可能性は?」

 騎士然としたプレートメイルの男のつぶやきに、背中に大弓を背負った軽鎧の男が問いかけた。

「ただの修正ならクエストを消去するだろうし、そもそも今まで放置してたじゃない?このお知らせの理由がつかないよ」

 ローブを着こんで腰に短杖を下げた女魔法使いが、インフォメーションボードを指差しながら会話に加わる。ボードには連続して、2つのメッセージが流れていた。

 <【緊急クエスト:迷える子羊を探せ】が達成されました>
 <【ユニーククエスト:迷える子羊を愛護せよ】が発生しました>

「クエストのタイトルといい、緊急クエストを達成してすぐに次のユニーククエストが発生してることといい、間違いなく連続クエスト(キャンペーン)だろう」
「けど、こんなパターンは珍しいっつーか、初めてじゃないか?誰もクリアできなかったクエストが3年越しでクリアされて、しかもキャンペーンだったとか」
「あぁ。腕輪が報酬というレアクエストだったために上位クランのメンバーが競うようにチャレンジして、それでも達成できなかったから、逆にバグだという説の信憑性が高まった」

 堅苦しい雰囲気で話す騎士風の男に、空気を軽くするかのように話す狩人風の男。対照的な2人が思い出すように経緯を確認し、そこに魔法使いの女が加わる。

「あまりに達成できないから、”迷える子羊” は迷ってる人じゃなくて、迷ってる羊じゃないかって説まで流れ始めて、みんなダメ元でヌル近辺の羊を片っ端から冒険者ギルドに連れて行って、ギルドが羊で溢れかえったりしたものね」
「事態を重く見たわくわくアニマルパークの連中が羊の保護に乗り出して、俺たちや他の上位クランも協力して…大変だったもんな。結局クエストは放置する方向で決着がついたけど」
「だが、今になって達成した奴が現れた」
「えぇ。しかも続くクエストも迷える子羊ってことは、その人が次のユニーククエストの鍵を握っている可能性が高いわね」
「迷える子羊を探せ、は『ヌルの街周辺で迷える子羊を探し出して、冒険者ギルドに連れて行ってあげよう』がクエストの説明文だった。今回のユニーククエストは達成条件や報酬は明らかになっていないが、条件さえクリアすれば誰でも達成扱いになる可能性が高い。ユニークモンスターの討伐と同じ感じだと考えられる」
「報酬もレアな可能性が高いし、今度こそ俺たちの手で達成したいところだな」

 狩人風の男が不敵な笑みを浮かべて拳を掌に打ち付けながら言う。その言葉にうなずきつつ、騎士風の男が応じた。

「その通りだ。そのためにもまずは、何としても緊急クエストを達成した冒険者を探し出さなければならない。3年前に迷える子羊を発見できなかった以上は、冒険者の方を当たる方が確実だろう。他の街の冒険者ギルドで達成した可能性もあるが、先のクエストの達成条件から考えると、ヌルの街が一番怪しいと考えられる」
「今、メンバー全員に声をかけてるわ。ちょっと遅れそうな人もいるけど、大半は1両日中に集合できると思う」
「他のクランの連中も同じような動きだろう。すでに噴水周辺は有名人のバーゲンセール状態だ。少しでも先行できるように、今いる俺たちだけでも情報収集を始めよう」
「はいよリーダー」
「はーい」

 ベンチから立ち上がった騎士風の男に続き、狩人と魔法使いが歩き出した。