「おっちゃん。今日のおすすめは?」
「タルキー鳥が安いよ。クリスマスイベントがどうとか言って、転生者が大量に納品してるらしくってね」
「じゃあそれ10羽。いつものようにどんぐり亭に配達してもらえるかな」
「よしきた、クックルの卵もおまけしとくよ」

 礼を言って店を離れる。今日は朝早くから、店の買い出しに来たところだ。手伝いを始めて半年ほどが経った。食堂で出している料理はほとんど教わり、今はアラカと二人だけで食堂を回すことさえある。もちろん流石に人手が足りないのでメニューをしぼったりはするが。

 なぜそんな状況になっているかというと、コナが出産を間近に控えているからだ。クヌはその世話のために、食堂の仕事をほぼ休んでもらっている。コナにつきっきりである必要はないのだが、食堂にいても心配そうにウロウロするだけで仕事が手につかないことが増えた。その様子を見て、アラカと二人で休むように説得したというわけだ。

「今日も寒いな」

 街は今、クリスマス一色だ。エリエルの説明にもあったが、女神さまはこの世界をゲームっぽく創造した。オンラインゲームなどにおいてよくあるのが、季節感のある各種イベントだ。春には春の、夏には夏の、それぞれの時期に応じたイベントクエストやガチャが用意され、期間限定の桜模様のアイテムや水着衣装などを取得すべく奔走することになる。

 この期間はフィールドに花吹雪が舞ったり、いつも見慣れたグラフィックが雪景色に変わったりして、イベント気分をますます高揚させてくれたものだ。

 今、ヌルの街も雪化粧がほどこされ、街の広場にはクリスマスツリーが設置されている。赤と緑の飾り付けって、何でこんなに楽しい気分になるんだろうな。この時期限定のクエストがヌルでも発生しているのか、普段は見かけない転生者の姿もよく見かけるようになった。

「デイリーのタルキー納品イベントやった?」
「まだだけど、去年頑張って納品したから、報酬が同じなら今年はいいかなって」
「今年のクエスト報酬は可愛い感じのミニスカサンタ衣装セットらしいよ?」
「…ちょっとタルキー殲滅してくる」
「あ、待って。私もまだだから一緒にいくよ」

 きゃっきゃ言いながらすれ違うお姉さんたちの会話が聞こえる。いいなぁ楽しそうで。俺もいつかは冒険者になれるのだろうか。いつか俺も、とか早く追いつきたい、とかいう以前に、未だにスタートラインに立てる見込みさえないけど。

 15歳まで冒険者になれない時点でどうしようもないから、今は今の生活を楽しみながら、お金を貯めるとかできることをやるしかないか。そんな事を考えながらどんぐり亭にたどり着くと、アラカが店の前に立っていた。

「ルイ、生まれそうっ!私も行ってくるから、お店お願い!」

 俺の姿を見るやいなやそう言って走り去った。

「おう、あー、気を付けて…な」

 もう聞こえていないだろうけど、一応アラカの背中に声をかけて、店に入る。臨時休業とか書いてある看板、有ったかな?


・・・


 無事に男の子が生まれたと聞いたのは、その日の夕方だった。日中は何故か俺まで落ち着かなかったので、大量に仕入れていたタルキーをつかってお祝いのパーティー料理を作ってみた。下味をつけて "ロースト" 、トマトのような風味の野菜とともに "煮込み" 、シンプルに "唐揚げ" など色々アレンジして大皿に盛り付けて、適当な布で飾ったテーブルに並べた。

 昼に昼食目当てで訪れて、臨時休業中の店内で準備を進める俺の様子から今日生まれそうだと知った常連や、夕方に生まれたと知らされた近所の住民が徐々に集まり、その日の夜は盛大にお祝いをした。

 コナはもちろんクヌやアラカもコナの元を長く離れられないので、ほぼ主役不在でのただの飲み会になったけど。少しだけ顔を出してくれたクヌとアラカが本当に嬉しそうだったので良しとしよう。

 生まれた男の子はシラカと名づけられた。ぬいぐるみの様に可愛いが、この子も大きくなったらクヌみたいになるんだろうか。コナは産後しばらく休んだが、シラカも少しだけ大きくなり、背負いながら仕事ができるくらいにはなったため食堂に復帰した。1年近く続いたお手伝いも、そろそろ終わりを迎えることになりそうだ。


・・・


「ルイのおかげで助かったわ。本当に。ありがとうね。快く送り出してくださったバルバラ様にも感謝しなきゃ」

 シラカの誕生とコナの復帰からしばらく経った、お手伝い最終日。クヌ一家が4人でお見送りしてくれた。

「あぁ。紹介してくれたシンアルにもだ」
「いや、こちらこそ色々と勉強になったし、何より楽しかったよ」
「ルイ、これ、お父さんとお母さんから。あとこっちは私から」
「これは…すごい!こんなナイフいいのか!?あとこれは、エプロン?これも使いやすそうだ。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」

 ナイフはクヌが使っているのに似ている。少し年季が入っているが作りがしっかりしていて、やや肉厚な刃なのに恐ろしく切れそうなナイフだ。エプロンはシンプルなデザインで、かなり丈夫そう。

「以前、ルイが冒険者になりたいと言っていた。俺のお下がりで済まないが、この街ではそれ以上の物が手に入らなかった。ナイフは料理以外にも何かと便利だろう」
「エプロンはアラカが作ったの。少し不細工だけどちゃんとお店の人に聞きながら作ったから」
「お手伝いは終わりだけど、たまには遊びに来てね。もちろんお客さんとしてでもいいのよ?」
「うん、街に来たら顔を出すようにするよ。シラカも、またな」

 手を振って、コナの背中で眠るシラカにも小さく声をかけ、家路についた。