1ヵ月ほど働いてみて分かったが、この店は常連客が多い。大通りに面していないため地元民の利用がメインということもあるが、看板がどんぐりの絵だけなので、初めて見る人は食堂だと思わないのかもしれない。

 分かりやすいように変えたら?とクヌに提案してみたのだが、席も多くないからこのままでいい、とのこと。確かに混雑時はほぼ常連で埋まっているけど。

「ホロリ鳥の煮込みとどんぐり芋のスープお願いしまーす!」
「あいよー」

 アラカが注文を取ってきた。最初は下ごしらえだけだったのが、手伝いを始めてしばらくしたら料理も少しずつ任されるようになり、今は昼の混雑時の定番メニューも任せてもらっている。

 ホロリ鳥はこの辺りではよく食べられていて、この店ではオーブンで焼いてからハーブと一緒に煮込んでいる。香ばしくてワインにとても合うらしい。俺は飲ませてもらえないけど。

 どんぐり芋は形がどんぐり、中身は芋だが、味はというと栗のように甘い。炒めた玉ねぎと一緒に粗くつぶした芋を温かいスープにしており、硬めのパンに良く合う。この店の看板メニューで、甘くて優しい味からアラカのお気に入りだったりする。

「ホロリとどんぐりあがったよー」
「はーい」

 カウンター越しに料理を用意する。アラカが受け取り、客のもとへと運ぶ。 

「お待たせしましたー」
「おー、きたきた。アラカちゃん、ありがとう」
「ベルンハルトはいっつもそれだな」
「ルイ、美味いもんは何度でも食いたくなるもんだぞ」

 ベルンハルトも常連の一人だ。毎日ではないが週に2~3回、大体同じ時間に来て、同じものを頼む。以前はそれほど顔を出さなかったみたいだから、俺のことを少し気にかけてくれているのだろう。シンアルも来てくれるが、こちらは週に1度くらい。世話好きなせいで、何かと忙しいようだ。

「いらっしゃいませー、…お好きなお席へどうぞ」

 アラカが新しい客を案内する。少し声音が硬かったように感じて客の方を見てみると、虎の獣人だろうか、初めて見る顔だった。

「おぅ。珍しいなウルガー、この店にはよく来るのか」
「ベルンハルトか。めったに来ねぇよ、ちょっと用があってな」

 ウルガーと呼ばれた獣人はそう言って、厨房に立っている俺をじっと見た。この辺りの商店で働いている獣人たちとは明らかに違う、戦いを生業にしている雰囲気が素人の俺でも伝わってくる。

「ウルガー、分かっちゃいると思うが」
「あぁ、お前がルイだな、坊主。ちょっと時間が空いちまったが、ティーチの件はすまなかったな」
「ティーチ?…あぁ、あの時の」

 確か、果物屋でぶつかってからまれそうになったチワワ顔の獣人の名前がティーチだ。あれ以来会ってないが、割と印象的な出来事だったから、覚えていた。

「あいつも昔に比べりゃだいぶ丸くなったんだがな。まだ少し警戒心が強いっつーか、身内以外にはつらく当たっちまうんだ。根っこは悪い奴じゃあないんだがな」
「いえ、俺がぶつかったのが悪かったので」
「あぁ、そう言ってくれるんなら助かる。だが、わざとじゃなく、ケガさせられたわけでもなく、まして子ども相手だ。恫喝するなんざ大人のやることじゃねぇぞって言って聞かせておいたからよ。水に流してくれや」

 どうやらこのウルガーさん、俺がこの店で働いていることを聞きつけて、わざわざ謝りに来てくれたみたいだ。けど、ティーチの件を何でウルガーが謝りに来たんだろう?

「それはもちろんですが、ウルガーさんとティーチさんはどんなご関係なんですか?」
「ご関係ってほどでもないんだが、ティーチみたいなやつを何人か俺が面倒見ててな。徒党を組んでる連中をひとっからげにして”タイガーファング”とか呼ばれている。ガラの悪い連中ばかりだが、悪事に手を染めてるわけじゃあねぇよ。まぁ今度遊びに来いや」
「ウルガー。ルイを誘うな」

 厨房からのっそりとクヌが出てきた。その様子で、自分の手が割と長いこと止まっていたことに気づく。ちょっと話し込んでしまったかもしれない。反省。

「クヌか。別に悪いようにはしねぇよ。あのババァの養い子でお前の弟子なんだろう?手を出す気にもならねぇよ」
「それでも、だ」
「相変わらず頭の固ぇヤツだ。わーったよ、今日のところはメシだメシ」
「適当に座ってろ。ルイ、続きだ」

 ウルガーはクヌとも知り合いらしい。ウルガーの話にも興味はあったが、また機会もあるだろう。思わず話し込んでしまったことを謝り、遅れを取り戻すべく厨房の作業に戻った。