今日は買い出し。初めてのお使いだ。家の中でできることはこの数日間で一通り終えたのだが、どうにも食器、寝具、その他もろもろ足りないものが多い。バルバラに相談したところ、買い出しに行ってこいとのこと。

 ここ数日生活してみて分かったのだが、俺はこの体にかなり影響を受けている。例えば家事に対してかなりのこだわりがあるし、言動や行動もここに来る前と比べて随分子どもっぽくなったように思う。そのせいか、初めてのお使いというだけで、かなりテンションがあがっている。

「余計なもの買ってくるんじゃないよ」
「分かってるよ。住民登録もしないといけないし、あんまり時間も無いだろうからな」

 そう。今日は冒険者ギルドでの住民登録も予定しているのだ。俺は身分証にあたるものを何も持っていないが、今後は街に行く機会も増えるだろうし。初めての一人歩きは不安もあるが、結構楽しみだ。

「迷ったら大通り沿いに歩けば街の外には出れる。何か困った事があったら衛兵に声をかけな。門のところに居るのと同じ格好のやつが街の中をうろうろしてるはずさ。あんた見栄えだけはいいんだから、攫われないように周りには気をつけな」
「あぁ。心配してくれてありがとう」
「ハッ。誰が心配なんか。放っといたら人の家に勝手に上がり込んで家事を始めたりするだろうからね」
「いや、やらないぞ!?」

 …自信は無いが。仮にやってしまったとしても種族特性だという理由で許してほしい。バルバラから他にいくつか注意事項を受けて、出かけることにした。

 来た道とはいえ、逆にたどって街に行くのは初めてのこと。風景が違うから合ってるかどうか心配だったが、それほど時間をかけずに見覚えのある道に出たので安心した。遠くに見えていた街がだんだんと大きくなっていくのにつれて、中の喧騒が風に乗って届き始める。

 街に入る人の列に並び、前方でベテランと若手といった感じの二人組の衛兵が手続きをしているのを眺める。身分証の確認くらいなので列はスムーズに進み、ほどなく俺の順番がきた。20代くらいだろうか、若い方の衛兵が手続きをしてくれるようだ。

「身分証は?」
「持ってません。この近くに住むバルバラの元で世話になっているものですが、街に入れてもらえませんか」
「バルバラ?一体誰のことだい?」

 あれ?バルバラの紹介って言えば入れるって聞いてきたんだが。これで入れなかったら俺にはどうしようもないぞ。

「森に住む獣人の薬師なんですが、知りませんか?」
「いや、聞いたこともないね。身分証明ができるものが無ければ、街には入れられないよ?」
「困ったな…」

 他に方法も無いし、いったん出直すしかないか。

「どうした?」

 トラブルの気配を察知したのか、ベテランの方の衛兵が声をかけてくる。鮮やかな赤髪で、頬からあごにかけて、もっさりしたひげをたくわえている。

「ベルンハルトさん、この子は身分証明書が無いそうなんですが、バルバラの世話になってるとか言ってて…」
「バルバラのっ!?」

 ベルンハルトと呼ばれた衛兵がバルバラという名前にものすごい反応を示した。知ってはいるみたいだけど、ちょっとリアクションが大き過ぎないか?大丈夫なのか?

「君、名前は?」
「ルイといいます」
「そうか。ルイ、君がバルバラ様のお世話になっているというのは本当かい?」

 バルバラ様?偉そうな態度ではあるがただの猫婆ちゃんだと思うんだが。

「同じ人か分かりませんが、猫の獣人で薬師の、バルバラです」
「それなら間違いない。最近お見かけしなかったから、心配していたんだよ。バルバラ様はお元気かな?」
「えぇ。毎日元気に俺の頭を叩いてますよ」
「そうかそうか。お元気そうで何よりだ。あれは何というか…一瞬、世界が揺れるよな」
「あ、分かります?」

 おっと思わぬところで同志を発見した。そう、杖がヒットした瞬間にクンッてなるんだよ。あれは叩かれた人じゃないと分からない感覚だよね。

「分かるとも。なるほど、確かにバルバラ様の身内だね。今日はこのまま通っていいから、この札を冒険者ギルドに持って行って住民登録をしなさい。次回からはそれで通るといいよ。ギルドは大通りをまっすぐ行けばすぐに見つかるから」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。ヌルの街へようこそ。気をつけてな」

 無事に通してもらえることになった。このままベルンハルトにバルバラとの関係とか色々聞きたい気もしたが、列に並んでる人をかなり待たせてしまっている。礼を言い、また今度バルバラのこと聞かせてくださいね、と付け加えてから街の中へと足を踏み入れた。