考えるだけでゾッとした。わからない誰かに嫌われて、わからない誰かに貶められる。
 私のいるクラスでも40人いるんだから、誰かに嫌われていても不思議じゃない。だけどありもしないことをでっち上げて人を傷つけるなんて絶対にしてはいけないことだと思う。
 どうして私がひとりにならなきゃいけないの?今まで、ずっと頑張ってきたつもりなのに。
 人と関わるのが苦手でも、相手を傷つけないように気を付けてきた。なのに、誰かを知らない間に傷つけてしまった?
 気がついたら、私は走り出していた。どこに行く当てもないのに、廊下を走って、階段を駆け上がって。
 息を切らしながら、普段は使わない、以前は教室があったという2号棟の三階に着いた。
 誰もいない。ただ私の呼吸だけが聞こえる。
 落ち着く、と思ったのも束の間、カッカッと誰かがゆっくり階段を下りてくる足音が聞こえてきた。誰もいないはずなのに。
 隠れるところもなくて、私は壁に背中を付けた。
 足音が近付いてくる。
 確か、屋上に続いているはずの階段を下りてきて姿を現したのは、小柄で細身の男の子――。
「真冬くん……?」
「のの、か、ちゃん……」
 初めてその声で名前を呼ばれたのに、嬉しいという気持ちにはなれなかった。
 だって、真冬くんは――。
 目が合った瞬間、真冬くんは顔を背けて二階へと続く階段を駆け下りて行った。
 涙目、だった。
 声にもいつものような柔らかさはなくて、震えていた。
 どうして、あんなに悲しそうな顔をしていたんだろう……。
 考え込んでいる場合じゃない。真冬くんを追いかけないと。
 階段を駆け下りて、真冬くんを見つけるために2号棟を走り回った。
 だけど見つからない。もしかしたら、もう教室に戻っているかも。そう思って教室に向かって走った。
「あっ、七井!」
 教室がある1号棟にはいったところで誰かに呼ばれて、立ち止まる。二木先生だ。
「ちょっといいか?」
「はい……」
 なんだろう。嫌な予感しかしない。先生の表情も険しかった。
「……七井がいじめてたって噂を聞いたんだが、本当か?」
 声のトーンを下げて、先生は言った。 
 やっぱり……。そんなわけないじゃないですか、と言いたくなるのをぐっと堪える。
「知りません。私は誰かをいじめたことなんてない、はずです」
「七井……」
 思いの外口調が強くなってしまった。
 先生はなにを言おうか迷っているようだったけれど、ちょうどチャイムが鳴り、そこで話は終わった。

 結局、真冬くんとは話せないまま一日が終わってしまった。